秀でた者は何か足りない

実際、ザフィケルの太刀筋は、一撃一撃が全力で押しつぶしてくるようなものを感じた。
というかおそらく、すべての一撃に全力を注いでも、筋骨に何の影響もないようにできているのだろう。
そう考えるのが普通だ。…というか、考えてどうなるものなのか。
今、マリアナはそんなことを、頭のどこかで考えていた。
時間稼ぎを申し出たはいいものの、実際その攻撃を一撃でもくらえば、1分…いや、10秒と持たないだろう。
そう考えて、ひたすら攻撃を避けることに徹していた。
幸い、ザフィケル自身のスピードはさほど驚異でもないので、ノンミスで避け続ければそれ以上の時間は稼げると踏んだのだ。
だが、ザフィケルの移動速度は遅くとも、攻撃に転じてからの斬り返しは恐ろしいほど早い。
斬撃をかわしきった!と思ったとたん、そこからVの字に返して、見事に右肩を斬られてしまった。
しかも一撃だけでかなり深く斬りつけられたため、最初のように攻撃を避けきることは難しくなってきた。
(やはり、1人では大して稼げないな…
 彼らなら、もっと時間を稼げただろう……否、彼らは十賢者を倒す唯一の希望だ。
 時間稼ぎなんかに費やすようなコマじゃない…。)
「やはり、小娘一人じゃ荷が重すぎたか?」
ザフィケルが大剣を肩にかつぎながら、にんまりと笑いかけてくる。
「情けない話だとは思わないか。
 ネーデ軍最後の生き残りが、お前のような小娘だけとは。
 外部からの人間でさえ、主戦力は男連中だったってのになぁ。」
「フン、私もここまで部下を失うとは思ってなかったよ。」
せめて会話で時間を延ばせるならば、とマリアナは会話をつなぐ。
「もうちょっとはやれると思ったんだけどねぇ。まったく、ふがいないやつらさ。」
心にもないことを言うものの、胸のうちではそれを否定していた。
それを欠片でも悟られては元も子もない。
しかしザフィケルは「なるほどな」と笑い、剣を降ろした。
「で? どうすんだ。
 その傷じゃ、もう大した時間も稼げないだろう?」
「…わかっていて話しているのか?」
「選択の自由を与えてやろうってんだ。
 このまま時間稼ぎを終わらせて殺されるか、それとも、まだやるのか。」
マリアナは、余裕たっぷりすぎるこの十賢者がわからなくなった。
いや、わかる必要もないのだが。
(ここまで、だな…。いや、でもまだもう一撃くらいは避けられるかもしれない。)
マリアナが、今一度剣を握り直したとき、一陣の風がマリアナの前に吹き込んできた…と、同時に

    がつんッ!!!

ものすごい音とともに、目の前が蒼一色に染まった。 というか、視界一面に蒼い髪が広がっていた。
「もしやと思って戻ってみれば、やはりか。」
一瞬あっけにとられてしまったが、そのイラッと来るモノ言いを聞いて、マリアナはようやく動けた。
「あ、あんた! 何やってんだ、なぜ戻ってきたんだ!!?」
マリアナの目の前には、ザフィルケルの顔面にこぶしをたたきつけたディアスがいた。
しかし、やはり攻撃を無効化されているのか、ディアスはたたきつけた手を振って、そのしびれを紛わせる。
「貴様こそ、敗走する者が逃げ延びる時間の長さを、考えられなかったのか。
 今さっきやっとフィーナルの敷地を出たところだぞ。
 これから、ようやく脱出するというところだ。
 このザマだったら、追いつかれるのは眼に見えているだろう?」
いちいちごもっともで、本ッ当にイラッとさせられる男だ。
だが彼の言わんとしていることはわかる。だからなおさらイラッとくるのだ。
「なんだ、戻ってきちまったじゃねぇか。
 戻ってきちまったもんを逃してやれるほど、俺もお人よしじゃねぇぞ?」
だが今はそれよりもザフィケルだ。
「ああ。俺を逃がす必要はない。」
「ちょっと!」
マリアナが抗議の声をあげるのと同時に、ディアスの蹴りが飛んできた。

蹴ッ!!

まともに蹴り飛ばされたマリアナは、部屋の中央から一気に入口から外まで吹っ飛ばされた。
「戦えないのなら、とっとと出ていけ。邪魔だ。」
「おいおい、女の顔蹴るってどうなんだよ?」
ザフィケルにつっこまれると、ディアスは一切表情を変えずに、
「一番負傷している胴を蹴るのもまずいだろう。」
しれっと回答してくる。
あまりにあっさりとした返答に、ザフィケルもあきれかえった。
「いや、ていうか、女を蹴るな。 な?」
一方のマリアナはというと、一瞬何か言いかけたのだが、顔面を蹴られたので口が回らなかったのか、 はたまたボタボタこぼれる鼻血のせいで何も言えなかったのか、彼女はそのまま逃げて行った。
その図は、ザフィケルすら胸が痛んだ。
「…お前、ロクな男じゃないな……」
「は?」
「いや、ハじゃなくてだな…まぁ、いいか。」
士気がそがれたものの、改めて剣を構え直して、目の前にたたずむ剣士をにらんだ。
「手負いの女を容赦なく蹴とばす、その非道っぷりには驚かされたが」
「お前らほどじゃないだろう?」
そう言って、ディアスは刀を抜いた。
「俺は、動物を魔物にしたり、世界を1つ消すようなマネはしない。」
「ああ、そのことか。」
つぶやいて、ザフィケルは吹き出した。
「だが、俺達はネーデへ戻るために動いただけだ。
 意図してお前たちの言う“世界”を消したワケじゃねぇ。」
不愉快だったらしく、ディアスはチッと小さく舌打ちして腰を落としたが、
ザフィケルは「だが…」と言葉を続ける。
「お前も同じようなもんだろう?」
「?」
「お前こそ、目的のためなら、手段は選ばないんじゃないのか?
 さっきの小娘を逃がすという目的だけを考えて、
 結果、顔面を蹴っ飛ばすよーなマネをした。
 そういう非道さは、お前らから見た俺たちと、ほとんど変わりないと思うが。」
ディアスの神経を逆なでするつもりで言ったのだが、ディアスは顔色一つ変えず、
「……心理学だか哲学だかは俺にはよくわからん。」
「いや、心理でも哲学でもないんだが?」
あまり効果がなかった。
だが、こうして話している間にも、ディアスは一切打ち込んでくる様子がない。
それを見て、ザフィケルはディアスの目的である“時間”のことを思い出し、構えをとる。
「ああ、そんなことはどうでもいいんだ…。
 ネーデの希望ともいえる外界の人間、その一人を殺せば、
 お前らの士気を下げられるかもしれんな?」
「かもしれないな。」
「わかってて来たのか?」
「いや。 だが、そうとあっては、死ぬわけにはいかんな。」
言うが早いか、ザフィケルはディアスをたたきつぶす。
「そういうセリフは、俺より早く動けるようになってから言うもんだぜ。」
まともに地面に叩きつけられたディアス…ではなく、ザフィケルの剣の下敷きになっていたのは、真っ二つに割れた木偶人形だった。
「そういうセリフは、本物を仕留めたときに言うものだ。」
声は、ザフィケルの背後からする。
「なるほど、正攻法じゃ勝てないとみたか。」
「それもあるが、どちらかというと在庫処分だ。」
そう言ってディアスは腰にぶら下がっている、ダミードールの束を見せつけてくる。
ザフィケルとしては、その準備の良さと、在庫処分という表現がおかしくて、ちょっと楽しくなってきた。
「面白い男だな。」
ならば、とザフィケルはいきなりイニシャルスレイをあびせ、ダミーを切り裂き、続けてディアスを斬り上げる。
もちろん、2連撃がすべてヒットしてこそ威力があるので、致命傷には至らない。
とはいえ斬り上げをまともにくらったので、体とともに血も一緒になって吹っ飛ぶ。
くるっととんぼをきり、きれいに着地したディアスはやはり表情を変えない。
防衛軍でさえ、斬り裂かれて絶命するまでは苦悶の表情を浮かべていたというに、彼は一切それを見せなかった。
「在庫処分するつもりなら、一度に2つずつ処分したらどうだ?」
「……。」
揶揄されても、ディアスはやはり表情を変えない。
(ぴーぴー泣きわめくこともなく、かといってさっきの小娘のように表情を変えるわけでもない。
 …神経系でもイカレてやがるのか……?)
「これでいいか。」
考えを巡らせていると、ディアスがダミードールを5個くらい投げつけながら、ふっと姿を消す。
視覚情報上ではディアスは消失していたが、ザフィケルの神経は彼の体温を検知しており、ディアスの位置を把握していた。
(ほぅ、大した速さだ。)
その移動速度に感心し、ザフィケルの口角が上がった。
同時に、ギンッ!!という音を立てて、ディアスの刀が背中に叩きつけられる。
刀の位置から考えて、フィールドに阻まれてさえいなければ、そのまま胴を半分に斬り裂いていたことだろう。
(攻撃が無効化されているとわかっているだろうに…)
渾身込めて叩きつけてきたため、そこにはスキができる。
大剣を振り回す勢いで振り向く…頃には、ディアスの姿はまた消えていた。
(そりゃまぁ、俺だって得物がデカいから多少遅れは出る。
 とはいえ、あいつだってあんだけ体重かけたような一撃くらわせてんだ。
 そこからこちらよりも早く体をひっぱり上げるなんて、人間じゃなかなか……
 …いや、それがやれる人間ということか。ますますもって面白ぇ!)
ディアスの体温を感知して着地場所を予測し、彼が一撃を繰り出す直前に一撃をくらわそうと剣を振りかざす。
だがディアスは着地することなく、そのままザフィケルの剣に刀をぶつけ、その反動で違う箇所へ着地し、また姿を消す。
(驚いた…どういう反射神経をしてるんだ…?
 改良された人間というわけでもないだろうに、こんな動きができるとは……)
斬撃を受けるたび、ザフィケルは感心し、感嘆のため息をつきそうになった。
むしろ、次はどんな一撃をくらわせるものかと楽しみにすらなっていた。
何よりも、攻撃が通用しないことは痛いほどわかってるだろうに、一撃一撃にしっかりとした力が込められている、その誠実さにも感心させられる。
感心ついでに、ザフィケルは大剣を担いで、問いかけてみた。
「なぁ、訊いてもいいか。」
「何をだ。」
ディアスは、ふっと離れた場所で姿を現して答えた。
「俺にお前の斬撃が届かないことはもうわかっているんだろう?
 なのに、なぜあきらめないんだ?」
若干揶揄も込められているのだが、その素直な質問に対し、
「時間稼ぎだ。」
ディアスはあっさりと答える。
「だったらもうちょっと自分の刀を大事に扱ったらどうだ?
 効きもしない攻撃を繰り返して、刀の刃が潰れているのは、お前にだってわかることだろう。」
「手を抜こうが抜くまいが結果的に変わらんだろう。
 だったら俺は思う存分戦いたい。それだけだ。」
解釈にもよるが、それは今までの戦いで満足したことがない、とも受け取れた。
(攻撃が一切訊かないから、全力でぶつかっても死なない…ってか。
 畏怖するどころか、むしろ楽しもうとしてるとは、大した人間だ。
 …ほんと、こいつとはフィールドなしで闘り合いたかったぜ…)
ザフィケルの中で、今まで感じたこともないような感情がわき上がり、胸が高鳴り、笑いが堪え切れなくなって、ついには声をあげて笑いだした。
「何がおかしい。」
「人間のクセに、クソまじめに打ち込んでくるわ、思う存分戦いたいだとか、
 まるで余興を楽しむように思えてな…ってお前何やってんだ?」
ディアスは、何がおかしいと言いながら、その時点で何か液体をこぼしながら部屋を歩き回りだしていた。
部屋を一回りしたところで、ザフィケルの顔面にも同じ液体(たぶん残り)がぶっかけられる。
「ぶぷっ!!? 何、クサッ!!!
「ほうけたツラにはお似合いのモノだ。」
言うなり、ディアスはマントの裏地から、6連なりのフレアボムを引っ張り出す。
「おい、これお前…」
燃料だ。 で、あとはこれに」
言うが早いか、チリッとディアスの髪が赤く輝き、燃え上がりだす。
否、彼の周囲に張り巡らせた「気」が燃え上がっていた。
だが、炎は炎。 たちまち彼は炎をまとう、が、それは彼が持っている6連なりのフレアボムにも引火するわけで…

    ぼふぅッ

地味な音と共にフレアボムがはじけ、一瞬にしてフロアが火の海と化す。
ディアスはといえば、炎を鳥の形に変え、爆風に乗って…なのか爆風に流されるままに、なのか。
一気に入口まで飛んでいく……否、射出される。

その頃、敗走したクロードたちはようやくヘラッシュにたどり着いたところだった。
先に深手を負った者を先に乗せ、オペラとエルネストが外でディアスを待った。
オペラはスコープ越しに上空をじっと見ている。
と、そこへ爆音とともにフィーナルから黒煙が漏れだしてくる。
「きたぞ、オペラ。」
「…いた、あれよ!」
オペラが指さす上空で、黒煙を上げながら何かがこちらに向かって飛んできていた。
「よし、任せろ。」
タイミングを測り、エルネストは鞭を振るう。
先端におもりをつけたその鞭は、見事飛んできたものに巻きつく。
あとは思い切り引き寄せて、それを腕の中に抱き抱えてやる。
「うぁ、やっぱり真っ黒じゃないの!!!」
ほとんど炭かと思えるようなその真っ黒な物体は、ケホと小さくせき込み、口を開いた。
「まぁ、見かけは炭だが、中身は無事だ…」
真っ黒な物体はディアスの声でそうしゃべり、カクッと力を抜いた。
「絶対無事じゃないだろう、レナ!応急処置を頼む!」
「ヘラッシュに乗ってからでもいいわ、とにかく脱出よ脱出!!!」
こうして、光の勇者一行+ナール市長を乗せたヘラッシュは、脱出したのであった。

爆炎に包まれながらも、フィールドのおかげで熱も爆風も遮断されているため、ザフィケルには関係なかった。
ただ、光だけは遮断できないため、ものの見事に逃げられてしまった。
後には、彼が落っことしていった刀が残されるのみだった。
炎の中、その刀を拾い上げて、ザフィケルは「ほぅ」と感嘆の声をあげた。
刀は、もはや使い物にならないくらい刃こぼれしており、ほとんど刃が潰れてしまっていた。
(あれほどの使い手なら、刀がこんなになるまで叩きつけたりしないだろうに。)
刀の使い方をよくわかっている者が、刀がこんなになるまで斬りかかってきたのかと思うと、笑いがこみ上げてくる。
「ディアス、だったか。」
ちっぽけな力で、時間を稼ぐためだけに無謀な戦いを挑んだ男の名を振り返る。
いろんな部分が、十賢者である自分以上に欠け落ちた男ではあるが、欠けて足りなくなった分だけ、剣の才に愛され秀でている。
人間の身でありながら、そんな生き方をする男。 それはザフィケルにとって、好奇心を掻きたてられる存在となった。

    「次会うときは、フィールドなしで闘り合いたいもんだな。」





『ザフィケルー、火災報知機鳴ってるから、そこの火ぃ消しとけー。』
感傷に浸っているところで、ガブリエルからの淡白な声が、テレパシーで聞こえてきた。


で、このあとファンシティで再会したとき、ザフィケルが
「あの時の刀、打ち直しておいたぜ」とかいって、刀を返すんですよ(妄想もはなはだしい)
二人だけに在る、「武人の心」みたいのが通じ合うといいなーなんて。

ディアスは「女は斬らない」人だと思ってます。
でも、今回はどこかズレた彼も描きたかったので、「一番怪我してる体は蹴っちゃいけないな」と考えて、顔面蹴っ飛ばしたんです。
普通に突き飛ばすだけでいいじゃん!とも思えるかもしれませんが、それじゃ飛距離が足りないんじゃないかと思って、思い切って蹴とばしたんだと思ったってください…
すべては“彼なり”の、なんかズレた気遣いなのです。