Snow White......

「はぁ…はぁ…なんとか……間に合ったな…。」
俺はディアス=フラック。
放浪しながら傭兵の仕事や他色々な雑用をこなしながら生活費を稼いでいる剣客だ。
「すみませんねぇ。いつもいつも。
 どぉーも急ぐのは苦手なんですよ……」
そう言ったのは、旅の相方ノエル=チャンドラー。
もうつい2ヶ月ほど前まで、共に十賢者と戦う仲間であった、レナに次ぐネーディアンの生き残りだ。
戦いが終わり、そしてエナジーネーデ崩壊という悲しい結末を迎えて早2ヶ月弱。
他の仲間はそれぞれの帰路についたが、ネーデという故郷を失ったノエルは、俺と共に当てもなく放浪の旅をする事になったのだ。
もちろんこれは無理強いではない。
ノエルが言い出したことなのだ。
ノエル自身が、「この星に棲む動物達の事を知りたいから。」と言って、エクスペルを、どこかに留まる事無く旅をする俺について来たのだ。
俺自身も、ノエルが特別嫌い、というワケでもないし、今更独りが良いとも思わなかったから、軽く了解して、彼と旅をする事になったのだが……
いかんせんこの男、トロいったらありゃしない。(汗)
今さっきだって、クロス行きの船に危うく乗り遅れるところだったのだ。
俺が船券を買っている間にふといなくなったと思えば、出航時間間際まで子犬とたわむれていた。
走るのも遅いもんだから、俺は小脇にノエルを抱えて船まで全速力で走って来たのだ。
「全くッ…ここでの移動手段は船による海路くらいしかないんだからな!
 1つでも逃せば数日待たされてしまうんだぞ!」
俺が息をせききらせながら怒鳴って顔を上げると、ノエルは空を飛び交うカモメを見て、またのほほんしていた。
「わぁ〜、トリが飛んでますよディアスさん。
 なんて言うトリなんでしょうかねぇ〜? カモメみたいに見えますけど、鳴き声が微妙に」
「お前…俺を兆発しているのか……?」
俺が半ば抜刀しかけになって言うと、ノエルは「うひゃはぁ!」と叫んで「とんでもない!!」と両手をぷるぷる振った。
だが、すぐまたカモメに目をやってのほほんしてしまう。
そんなノエルを見ていたら怒る気も失せた……
俺ががっくしと首を垂れると、ノエルはノートを取り出してカモメのスケッチを始めた。
いつもこうなのだ。
エクスペルの動物を見ては、ノエルはその一匹一匹をスケッチしてファイルする。
おかげでこの2ヶ月の旅の中で、彼の背中のリュックは5冊くらいのスケッチブックとレポートのファイルが4冊くらいで埋まっている。
その5冊という数値を思うと、なんだか俺までのほほんしてしまいそうだった。
全然変わらないのだ。 この男の生活パターンが。
ネーデを失ってからも、こいつはいつもののほほんとした表情を浮かべ、温和な喋りでこちらがイライラしてしまうくらいのんびり屋。
故郷を失った事で少し落ち込むかな、とも心配したのだが、こいつは仲間が解散してすぐにでも俺と旅に出ようと言い出し、すぐさま出発したのだ。
まるで、早くこの星の動物達に会いたい、と言わんばかりに。
俺達の旅の始まりはエル大陸の……あのエルリアタワー跡地からであった。
俺達はエルリアタワーがあった場所に転送され、その場で解散したのだ。
だから俺とノエルの旅はそこから始まった。
2ヶ月くらいはエルリアをぐるっと旅していたのだが、エル大陸から船が出航する様になったという知らせを聞いてすぐにエル大陸からクロスへ渡る事になったのだ。
クロス大陸に着いたら、今度はどこへ行こう。
動物がいそうな場所…………ラスガス山脈? それとも、クロス洞窟のイモムシにでも会わせてみるか?
いや、あれはムシであって動物じゃないか。 いや、ムシも動物か?
今のエクスペルには、ソーサリーグローブが存在していないため、動物が魔物化する現象はもう起こっていない。
だから今までモンスターとの戦いを繰り広げていたダンジョンは、もはや動物の宝庫と言っても過言ではない。
そうなると、ノエルの世界面白動物巡りツアー(笑)は、どこへ行っても良し。 だから予定を立てる俺としても、どこから巡るか迷ってしまうのだ。
「おいノエル。ムシと怪鳥、お前ならどっちから見たい?」
と、聞こうとノエルの顔を見て、俺は目を点にさせた。
ノエルは、スケッチブックを抱えて鉛筆を手にしたまま、眠っていたのだ。

結局、ぐるっとクロス洞穴を巡って中でうぞうぞはびこっていたムシを観察し、マーズでボーマンと見合いをしていたセリーヌに挨拶をして。
とりあえず俺達はクロス城下町へやって来た。
レイチェルさんの宿で休んで、翌朝にでもラスガス山脈へ行こう、という事になったのだ。
ノエルはふにゃ〜っと疲れた様な溜息をついた。
「なんか、こんなに歩いたの久し振りです。」
「エル大陸でも歩いていただろう。」
「エル大陸はでこぼこした、整備されてない道でしたから、有る意味歩いた、に入らなかったと思います。
 でも、クロスみたいに真っ直ぐな道をてくてくと歩いたのは本当に久し振りでしたから。」
そんなものか?
俺はエル大陸とクロスの長い街道の違いが今1つわからずにいた。
だがノエルだけは、大地に踏み締める一歩一歩の感触を感じていたらしく、そのやわらかな心地良い感触の感想を、俺ににこやかに語ってくれた。
考えてみれば、ノエルがそうやって大地を踏む一歩の感触を噛み締める理由がわかるかもしれない。
エナジーネーデは小さな島がたくさんあって、それら1つ1つをトランスポーターで繋いでいた。
だから、どこか別の場所へ行く時もトランスポーターさえあれば、ほんの数歩で目的地に辿り付けてしまう。
しかも、ネーデの大地は惑星ネーデの一部分を切り取ったものとは言え、ほとんどが人工的な大地に等しかった。
大自然を愛するノエルとしては、ホンモノのこの大地を踏み締めることが何よりも嬉しく思えたのかもしれない。
「ラスガス山脈かぁ……山脈自体、ネーデにはなかったからなぁ。 なんか、今からでも楽しみです。」
ノエルは子供じみた事を言ってにこやかに微笑んだ。…が、すぐにはたと何かに気付き、窓の方を見つめた。
その視線に気付いて窓を見ると
「あぁ、雪だな。」
粒の大きい牡丹雪が空から舞い降りて、凍えるクロス城下町に降り積もっていった。
その密度は決して低いものではなく、一面が白い銀世界になるのも時間の問題だな、と俺は感じた。 そう言えば、ノエルの実家にも雪が降っていたな。
「ノエル。 外に出ないか?」
「え〜?」
ノエルが首をかしげてのんびりとした声をあげた。
「クロスで雪が降るのは珍しい事なんだ。
 珍しい所為なのか、雪の粒が大きくてな。 まるで牡丹の様だからきれいだぞ。」
俺がノエルの手を引いて誘うと、ノエルは一瞬迷った様子でその手を退こうとしたが、すぐに俺の誘いに乗ってくれた。
「ディアスさんがそう言うのであれば、見てみます。」
「決まりだ。」
言って、俺はノエルを連れて外に出た。

思った通り、俺達が外に出ている頃にはだいぶ雪が積もっていた。
教会の赤い屋根は白に染まって薄いピンク色になり、入口にある案内板にも雪がかかっていた。
子供の頃は、アレンの家に遊びに行った時なんかに、クロス方面で雪が降っていると聞いただけで、アレンがクロスへ行こう! なんていきなりな提案をしては、無断でクロスに行って親に叱られながらも楽しかった記憶があるが……
やはり今でもその名残があるのだろうか、俺の胸は少し浮き立っていた。
無意識の内に口の端が少し上がる。
ノエルを見ると、ノエルはぼんやりと空を見上げ、舞い降りて来る牡丹雪を見つめていた。
物思いにふけっているのだろうか。ノエルの鼻の頭には白い牡丹雪がちょこんと乗っかる。
「ノエル。」
呼びかけながら俺がその雪を指でちょんっと落とすと、ノエルははっと我に帰った様子で俺を見て来た。
「あ、はい。ごめんなさい、ちょっとぼーとしてました。」
言って、ノエルはすぐに両腕を広げて中央広場まで歩いて行った。
薄暗い中、街の街灯がぼんやりと灯っている。
その光を照り返しながら降る雪と、その中で両腕を広げてたわむれるノエル。
このワンシーンを絵画にしても良いくらい、それはとても平和な光景に見えた。
「大きいですね。雪。」
ノエルが雪を1つミトンに包んた手の中にキャッチして言った。
「良く見ると、1つ1つの結晶が皆違うカタチをしてるんです。
 ううん、様々な結晶がくっつきあって、こんなにキレイな雪を作ってるんです。
 こんな雪、初めて見たぁ…………」
ノエルは顔を上に向けた。
俺は、雪うさぎでも作ったら喜ぶかな、と思って、小さい雪の塊を作り出した。
何かテキトウな葉っぱはないもんかな。
「ネーデでは…人工的な雪しか、降らなかったから…………」
ノエルの声が震えていた。 それに気付いてハッと振り向いた時、俺は初めてノエルが涙を流しているのを見た。
……いや、そもそもこいつが感情を表に出すのを見た事すら初めてだったのかもしれない。
…それとも、単に俺が鈍くて気付いていなかっただけか?
「ノエルッ……」
声が少しだけ上ずった。
うまく、名を呼べない。
ヤツから、目を反らす事もできない。
俺は、仁王立ちしたまま、ただじっと…涙を流しているノエルを見ている事しかできずにいた。

どうすれば良い?

誰かを慰めたりとか、優しい言葉なんか、俺にかけられるのか?
かけたとして、それでノエルの涙が止まるのか?
俺に何ができるって言うんだ?
「雪を見ていて、こんなに悲しいことなんかなかった……ッ。」
ノエルが両目をこすって、涙声で言った。
「雪質も、冷たさも、何もかもネーデの雪と違うって言うのに、なんでか………!!
 この雪見てたら、ギヴァウェイを…思いッ…出してぇッ……!!」
鼻の頭を紅くして泣くノエルは、年齢は大して俺と変わらないというのに、まるっきり子供の様だった。
「ついて来るんじゃなかった。」
ノエルがそう言った時、俺はぞくりと背筋が凍り付いた気がした。
「こんなに悲しいなら…皆について、十賢者と戦わなければ良かった!!
 あのまま、僕もネーデに残って、皆と……」
もういい!!! もう言うな!!
俺は両腕で、ひょっとしたらノエルを潰してしまうのでは、と自分でも心配するくらい、キツくその頭を抱き締めた。
「それ以上言うな………。 お前、その後『皆と一緒に死ねば良かった』なんて言うんじゃないだろうな!!?」
俺は、正直怖かった。
ノエルのクチから、自分が死んでしまえば良かった、なんて言われる事が。
昔の俺と同じ事を口走ってしまう事が。
「誰がそんな事を望むんだ!! 誰がお前に『死んでくれ』なんて頼んだんだ!!
 お願いだからそんな悲しい事、言わないでくれッ!!!」
今、やっとわかった気がする。
レナが俺を仲間にした理由。 レナが「セシルだって泣いて頼むわ」と言った言葉の意味。
そばにいて安らげる者がいなくなろうとする事の悲しみ。 そしてそれを拒む理由も。
今、家族も住んでいた家も何もかもを失ったノエルは、昔家族を失った俺以上の悲しみを受けている。
いや、ひょっとしたら俺の数倍かもしれない。
ノエルは、俺達と共に戦い、そして俺達にはわからなかったネーデ崩壊という結末に気付いていながらも、俺達と共に戦う事を選んでいたのだ。
断ろうと思えば断れた。 逃げ出そうと思えば逃げ出せた。
でもノエルは、最後まで俺達と共に戦ってくれた。
その間も、ノエルはいつかは家族や知り合いと死別する悲しみにずっと耐えて来たのだ。

そして………いつも変わらぬ、のほほんとした表情を浮かべていた……

なんで気付けなかったんだろう。
どうして、今になってそんなノエルの心情が、それもうっすらとしか理解できないんだろう。
「悲しい事………ですか。」
ふと、ノエルが俺の腕の中でつぶやいた。
「悲しいですよ。 とっても。
 だって、昔からの学友に逢いたいと思っても、もう逢えないんですから。」
ノエルは俺の腕に更に顔をうずめて、小さくつぶやく様に言った。
「僕にはもう、友達や知り合いなんて、誰もいないんですから。」
「俺がいる。」
俺はすかさず言った。
「俺も家族を失ってから、お前の様に『独り』だと思った。
 『俺も死んでしまえば良かった』と何度も思ったよ。
 だが、クロード達と出会う事で…『あぁ、俺は独りではないんだな』と感じた。」
俺は腕の力を緩めてノエルの顔を見た。
ノエルは目元を紅くして、眉をひそめ、歯を食い縛って顔を上げていた。
「誰もいないのなら、一から仲間を作っていけば良いじゃないか。
 俺にはお前がいて、お前には俺がいる。
 そこから初めても、悪くはないんじゃないか?」
自分でも、ツライ事を言ってるんだという自覚はある。
だが、今の俺にはこれが手一杯の『慰め』だ。
「見知らぬ土地に放り出されたのなら、その見知らぬ土地で生きていくしかない。生き抜くしかない。
 お前の愛する動物や獣、植物さえもが、そうやって生きようとしているんじゃないのか……?」
………俺のタレントに『文才』の文字はない。
それでも、俺の『慰め』はノエルに通じた様だ。

ノエルが

笑ったのだ。

「そう……ですよね。
 僕とレナさんが最後のネーディアンですものね。
 ………………生きなくちゃ………いけませんよね。」
涙目になって笑うノエルは、普段ぼさっとしているノエルからは考え付かないくらいに儚かった。
泣いている者を見て、こんなにも切なくなったのは久し振りかもしれない。
俺は、この切なさを感じた気持ちを大事にして生きたいと思った。
切なさだけでも、何かを“感じる”という、忘れかけたものを思い出したのだから。
ぇぷしんっ!!!
…………あ?
ノエルがふと俺のマントの中でくしゃみをして顔をあげた。
鼻水が垂れている。
「…………………ああああああああああ〜っ!!? ノエルッ、貴様ッ、鼻水……!!!」 「ありがとう…ございます。」
マントを見ると、ノエルの鼻水がべっとり。(ぐぁあああ…)
「あは〜、すみませんねぇ…」
「すみませんじゃないだろ!! どうしてくれるんだ貴様っ!!!」
「あの、ディアスさん。」
「なんだッ!!」
俺が半ば半泣きになって怒鳴ると、ノエルはうっすらと…まぶたの奥に潜む紅い煌きを見せて俺に笑いかけた。
「ありがとう…ございます。」
俺は目を点にさせて、半ばノエルの声を聞いていなかった気がする。
今の紅い煌きは? ノエルの…………瞳か??
「ディアスさ〜ん? 聞いてます〜ぅ?」
ノエルがのんびりした声で(鼻水垂らしながら)首をかしげて俺に問いかけた。
だが俺はその声すらも聞いてなくて、
「お前、俺と同じで紅目なのか?」
「はぁ!?」
ノエルが、ガラにもなく素っ頓狂の様な声をあげた。
「あ、いやスマン。 ちょっと開いて見えたから………」
「いつも開けてますよっ!失礼な!」
「す、すまん…。それで、さっき何か言っていたか?」
「もぉ〜! 一度しか言いませんからねっ!!?」
言って、ノエルは静かに言った。
「そのッ、励ましてくれてありがとうございました、って。
 そう、言ったんですっ!!」
「へ………!?」
今度は俺が声をあげる番だった。
励ました? 俺が? 励ましてやれたのか? ……どうも自信がない。
「…良くはわからないが、こちらこそ礼を言う。」
「? なんでディアスさんがお礼を言うんですかぁ?」
「え、いや、その………」
俺達のそんなやりとりは、結構長い間続けられた。
その間にも、雪はしんしんと降り積もっていく。

結局俺達は風邪をひいて寝込んでしまい、ラスガス山脈へは明日行くことになってしまった………



ノベルでは初めてのディアノエですなッ。
すっとぼけ〜で良くわからないカップリングなのですよ。俺の中でのディアノエは。
のほほんとしたのと殺伐としたのってものすんごいギャップがあるでしょ!  しかもノエルのあのマイペースさにはディアスも「うむぅ…」だし(謎)
なんて言うか、突発的だしEDシメてないしでちょっと消化不良気味かも。
鼻水出さなきゃ良かったかな。(笑)

ちなみにノエルが紅目なのは某ノエディアサイトにて、目を開いた“真ノエル”(笑)がディアスと同じ紅目だったので、 それを設定に使用しています。(笑)