一振りの折れた剣

大きな問題を、片付けなければならなくなった。
士官学校にいた時なら、
別に自分が片付けなくても、とか
別に今片付けなくても、とか
必要性なんか見向きもしないで、人任せにして結末さえ見ないできた。
その時は、自分に必要だったものは何だったのかさえわかっていなかった。 知ろうともしなかった。
でも、この旅が、この戦いが、僕の目を覚まさせてくれた。

ラクアの海岸で、僕は白波打ち寄せられる波打ち際でレナとほんの少し話をした。
「…それじゃあ、明日も早いし……私もう、寝るわね。」
「ああ、僕はもう少しここにいる。 おやすみ、レナ。」
レナは手を振りながら、その場を立ち去っていった。
その背中が見えなくなってから、僕はずっとジャケットに隠し持っていたものを取り出した。
「…お待たせ。 あんたとも、話しておきたかったんだ。」
それは………一振りの折れた剣。
今はもうなくなってしまった世界で、その命と共にこの剣を振るった男が僕に託した、そいつの魂といえるものだ。

    「クロード。」
    ラクールで、決戦の舞台エル大陸へ渡る船が出る数分前になって、
    前線基地で共に戦ってきたディアスが僕を呼び止めてきた。
    ディアスは最後の防衛線を護るべく、前線基地に残ることを選んだ。
    「何、ディアス。 ……船出ちゃうよ?」
    「これを。」
    ディアスが渡してきたのは、前線基地での戦いで、立て続けの連戦に耐えかねて折れた彼の剣。
    「この剣は俺がずっと使ってきた剣だ。 ……まぁ、こうして折れてしまったが…
     素材としては丈夫なもんだ。 打ち直すなり作り直すなりして、再利用しても構わん。
     ………俺の代わりと言っては何だが、決戦の地に連れていってくれないか。」
    「この剣を?」
    ど真ん中からぼっきり折れたその剣の柄は、かなり使い込んできた!というのがすごく伝わってくるくらいボロボロだった。
    滑らないように巻いた皮ひもを、何度も何度も巻き替えてきたに違いなかった。
    「ずっと使ってきた剣だ。 …俺の身体の一部と言っても過言ではない。
     だから、お前に持っていてもらいたいんだ。」
    そう言って、ディアスはふぃっと恥ずかしそうに顔を背けてしまった。
    …さっき僕が、一緒に行かないのかよ!ってごねまくったから、その慰めに持ってきたのかな。
    これがあるから寂しくないよ、とでも言うように。
    「わかった。 …あんたの魂、持ってくよ。」
    僕は、彼の気持ちを勝手に解釈して、剣を受け取った。
    多分、無意識のうちに嬉しそうな顔をしていたんだと思う。
    ディアスが、横目でこっちを見たかと思うと、完全に顔をこっちに向けてきたから。
    それからほどなくして、後ろの方で「船が出るぞー!」って声がした。汽笛の代わりに。
    「クロード。」
    ディアスが船からちょっと離れながら呼んだ。
    「離れていても、目指すものは同じだ。 そうだろ。」
    彼はそう言って、僕に背を向けた。

    ……残念だけど、僕は最初、その言葉の意味をまったくわかっていなかった。

今でもはっきりと思い出せる、彼との最後の会話。
自分が死んだり、彼が魔物に敗れたりしなければ、また会えると思っていた。
でもまさか…こんな結末になるなんて。 カルナスに一時帰還した時、衝突の話を聞かされてから、なんとか軌道をそらしたくて、具体的な方法などわからないけど、きっと何かあると漠然とした希望を信じて、僕はエクスペルに戻った。
…結果として、カルナスまで失うことになってしまったけど、僕はここまでの道のりに間違いがあったとは思わなかった。
「…この戦い、この旅で、僕はいろんなことに気づくことができた。
 あの時は、あんたの言葉の意味、わかってなかったけど、今ならわかるよ。」
折れた剣にそう呼びかけると、隣で砂を踏みしめる音がした。
「ほう、では聞かせてもらおうか……」
びっくりして振り向いた。
“彼”はゆっくりと、僕の隣に腰掛け、楽にひざを立て、後ろに手をついた。
海岸の砂は、確かに音をたててきしんだ。
「………どうした、バケモノでも見るような顔になってるぞ。」
ディアスは、静かな森の湖面を思わせるような、本当に静かな笑みをたたえて、僕の顔を見てきた。
いるはずがないのに、彼は確かにそこにいた。
「で? あの時わかっていなかった言葉とは?」
ディアスは何事もなかったように話を続けようとする。
そっちが何事もなかったようにするのなら、僕もそうしよう、と思った。
「あの時、あんたは『目指すものは同じだ』と言った。
 ……だけど僕には、その時『目指すもの』が何なのか、よくわかっていなかったんだ。」
「ほぅ。」
「具体的に自分が何を目指しているのかなんて見てなかった。気にもしてなかった。
 だってその時の僕は、ただただ自分の故郷に帰ることばっかり考えてて。
 …今みたいに、はっきりとした目的なんか、持ってる余裕なかったんだよ。」
はっきりと、初めて彼の前で心の奥底にくすぶっていた本音を言い切った。
そう、最初は…特にエクスペルにいる頃は、ひたすら帰ることばかり考えていた。
あの時の僕にとってこの旅は、偶然ミロキニアからエクスペルに飛ばされただけの、事故の一環でしかなかった。
口では「なんとかしてみせる」と言ってはみるものの、頭の中ではどうしても自分の今後の身の振りばかり案じられた。
だから、彼の言うような『目指すもの』なんて、まるで考えていなかったんだ。
でも、エクスペル崩壊を知ってなおエクスペルに戻って、エナジーネーデで新たな戦いの幕開けを迎え、いくつもの試練を乗り越えて、カルナスの最期を見届けて………僕は、ようやく目が覚めたんだ。
地球に戻るしても、そして十賢者を倒すにしても、全ての問題に直面している僕が何もしないで、誰かに片付けさせるわけにはいかないんだ。
関係ないわけがない。
だって僕はその問題にぶつかり、現に困っている。
困っているからこそ、それは問題だといえる。
問題は、解決しなければ問題のまま。 困ったままだ。 だから解決させる。
だから僕は、逃げちゃいけないんだ。
誰かが解決してくれるのを待っていてはいけないんだ。
「……それで、どうわかったんだ?
 お前の『目指すもの』は、何だったんだ?」
傍らでは、ディアスが僕の顔を覗き込むようにして見つめてくる。
「多分、今ならあの時のあんたと同じものだと思うよ。
 なんなら、せーので言ってみてもいいよ。」
僕が言うと、ディアスは照れているのか、くっすり笑って、僕の合図を待ってくれた。
「せーのっ」

    『      』
一瞬、空気が音も何もかも持っていってしまったような感覚に襲われた。
自分で言った声も、ディアスが言った声も、全部聞こえなかったような気がした。
それでも、ディアスがクックックッと目を閉じて笑っているのを見た感じでは、多分一致しているんだろう。
ひとしきり笑ったところで、ディアスがフーッとため息をついて、もう一度改めて僕を見てきた。
「クロード。」
「ん?」
「…ありがとう。」
「何、急に。」
「ここまで、“俺”をつれてきてくれて。」
そう言って満足げな笑みを浮かべた彼は、うっすら発光し始めた。
「……やっぱり…幻なのかい? 今の君は。」
なんとなく訊いてみた。 …が、ディアスはなんにも言わずに僕の前でゆっくりと立ち上がり、僕に背を向けた。
「それとも…この剣に宿った“魂”?」
そう問いかけてみると、彼はくすっと肩をゆすって笑った。
「さて。 お前がそう思うのなら、きっとそうなんだろう。」
そのまま彼は、振り返らないまま歩き出して、
    待ってるぞ。
そういい残して、消えていった。
でも、彼が歩いていったあとには、ちゃんと足跡があった。
「……幻なんかじゃないよな。足跡あるし。」
僕の傍らには、確かに彼の座っていた跡もちゃんとある。
…だから、幻だとは思いたくなかった。
鈍い輝きを放つ、一振りの折れた剣に僕は、軽く頭突きしてやった。
「待ってろよ。 …全部終わったら、また会いに行ってやる。」
それが、僕のラクアの夜だった。


未成年の主張?(笑)
もう未成年じゃないからぐじゃぐじゃしたモノを肌で感じることってあまりできないのかもしれない。
でも逆に、そのぐじゃぐじゃしたものの出口も知ってるワケで♪
そんな状態で描いてみました。
ディアスって、クロードにとっては目標「追いかけるべき背中」を持った男だと思うんですよね。それは昔から変わってないんですけど。
ただ、ディアスが仲間になるレナ編とは違い、クロード編はディアス不在で物語すすんじゃうから、ディアスの背中のみを追う!ってことはできなくなると思うんですね。
じゃあクロード編でクロードはどう成長するのか、最終的にどんなコになるのか。
主人公だからリーダー的男に!ってのはまぁわかりますが、それを細かく分析したらどうよ?とか色々思ってたんですよ。
で、考えてばっかりいても仕方ないし、って思って描いてみたんです。
ちなみに終盤の『  』って部分は、呼んだあなたの思い描いた言葉を当てはめていただきたい。
問題は解決しなきゃいけない。 自分は部外者さ、と逃げることは簡単ですが、問題とはいつでも自分で考えなきゃいけないものですから、せめてコレを読んでいる人は、自分で『』の中を埋められるような人間であって欲しいと思うのです。