道化の役目

「よ! セリーヌ!今日もいいケツしてんな!」
品のない言葉に、セリーヌは挨拶代わりのファイアボルトを放つ。
それをヒラリとかわしてにっこり笑う。 これがボーマンもっぱらの挨拶となっていた。
そんな男、ボーマンをじっと軽蔑の眼差しで見つめる子供がいた。
レオン=D=S=ゲーステ……14歳にしてラクールの兵器開発を一任されるほどの頭脳をもつ少年だ。
肩書きだけを見る限りでは恐ろしいくらいの天才少年…のようにも思えるのだが、やはりまだまだ子供なところはあるのだ。
(よくこんな状況で、そんな顔してられるな……)
こんな状況、とは… エクスペル崩壊の事実を知らされた直後のことだった。

ギヴァウェイで、レオンは寒さに耐えかねて、フロントにある大きな暖炉の前にやってきた。
(※ 本当は部屋にも暖房がついているのだが、使い方がわからないようだ)
まん前で丸くなりたかったのだが、さすがに人の行きかいが激しいフロントで堂々とはできず、暖炉とフロントの隙間にもぐりこむようにして暖まることにした。(ハタから見れば子供のかくれんぼ)
エクスペルのように、蒔をくべて燃やすタイプかと思えば、オーブ状の固形燃料が何個か置いてあるだけで、それが延々と燃えているようだった。
炎の色も、エクスペルで見た明るいオレンジ色とはちょっと違う。
よぉく見ていれば、ほんの少しばかりピンク色になっている。
レオンは、寒さを和らげるのと同時に、その不思議な色の炎にうっとりとしていた。
その“うっとり”は軽い現実逃避を誘い、エクスペル崩壊という喪失感を少しばかり軽減してくれた。
(…現実逃避なんて、しても意味ないと思うけど……さすがに今回は堪えるなぁ…)
小さくため息をついたとき、入り口の扉が、カララーン!とレトロなベル音を鳴らして開かれた。
外からは、頭に軽く雪をかぶったボーマンが、そしてその後ろからとぼとぼと意気消沈気味のクロードがやってくる。
(……なんだろう。)
何かよからぬ密会でもありそうな予感!と子供らしからぬ興味も出てきたが、そんなのん気な雰囲気ではなさそうな気がしてきた。
二人はレオンに気づかないのか、そのままテクテクと階段を上がっていった。
こっそり後を尾けてみると、二人は2階の廊下…の、奥にある自販機の前で話し合っていた。
何を話しているのかはよく聞こえない。 というか、ついてくる間に色々と話していたらしく、二人の間ではだいぶ話が盛り上がっているところであった。
盛り上がっているといっても、決して声のトーンは高くない。
何か相談ごとをしていて、クロードが感極まってしまっているようだ。
耳を縦にして注意深く聞いてみると、クロードの声はほぼ聞こえてこなかったが、ボーマンの声は聞こえてきた。
「ガマンするこたねぇだろ。」
そう言って、今にも泣きそうなクロードをそっと抱きしめ、ボーマンは明るい声で笑った。
「泣いちまえ。 誰も見てねぇんだ。 だから泣いちまえ。」
まるでそれが呪文であったかのように、クロードはボーマンの腕の中で、すすり泣き始めた。
「今は思い切り泣いとけ。
 …で、明日からは、ちゃんといつものお前に戻ってんだぞ。いいな。」
何気なくその光景を見ていただけだったのだが、レオンは何か言い知れぬ苛立ちをおぼえた。
ボーマンはもともと他人の相談に乗ってくれる男だ。 だからクロードの相談に乗ることだってそうそう珍しいことじゃないはずだ。
しかし、レオンは何かが、ボーマンの何かに苛立っていた。

それからほどなくして、一行はラクアへ案内され、フィーナルの地へ足を踏み入れた。
……しかしフィーナルの入り口で、いきなり返り討ちにされてしまった。
また、一行に重苦しい空気が流れることになった。
ラクアに戻った一行がまずやらねばならないことは『休息』と『治療』だった。
落胆するほどの力の差、そしてそこから沸き上がってきて一行を覆わんとする“絶望”。
誰もが口々に、それぞれの言葉は違えど、絶望と諦めをつぶやいた。
援護に徹していたレオンやセリーヌたち術師たちは比較的軽症で済んだため、近距離で被害をこうむったクロードたちの世話を手伝っていた。
その中で、世話をしにきたレオンに、みんながこう言う。
「ごめんね」「なんか疲れちゃった」「今まで気を張り詰めてきたから」
その一つ一つを受け止め、レオンは改めて、一行全体に漂う絶望の空気の重さを感じ取った。
だが、一人だけは違った。
「お? えらいなー。お手伝いか?」
包帯まみれの姿で、ボーマンはいつものあっけらかんとした顔で出迎えてくれた。
「…お手伝いって言い方やめろよ。 もうそんな子供じゃないんだから。」
「はっはっは、自分を子供じゃないって言ってる時点でまだまだ子供な証拠さ。」
接近戦タイプのボーマンは、剣を持ったクロードよりもケガがひどく、その身体のあちこちには包帯やらネーデ独特のシールのようなクスリが貼り付けられていた。
見るだけで痛々しい姿だが、彼はにかーっとまぶしいくらいの笑顔でその痛々しさを跳ね除けてみせた。
「とりあえずお水持ってきてくれないか。なんかのど渇いちゃってさ。
 あ、それと何か本ないかな。 動けねぇからヒマでヒマで。」
いつも通りの笑い顔。 そしていつも通りの軽〜い態度。
レオンは、ボーマンのそんな態度に、だんだんと苛立ちをおぼえだした。
「…なんでこんなときにも、そんなヘラヘラしてられるんだよ。」
「ん?」
ボーマンはといえば、いつも通りの笑顔をこちらに向けてくる。

    レオンの怒りが限界まで達するには、十分だった。
けが人ではあるものの、レオンはボーマンの腹に正拳を一発叩き込んだ。
だが、レオンの腕は体術向きではないし、ボーマンは身一つで戦えるよう鍛え上げられている。
にぶい手ごたえとともに、レオンははじかれるように後ろに身をそらしてしまう。
それでも、レオンはもう一度叩き込んだ。
「みんな、不安で不安で仕方ないって時に!! どうしてそんなに笑ってられるんだよ!!
 エクスペルがなくなっちゃった時だって、そうやって……!
 お前は、悲しくないのかよ!!!」
1度や2度では足りなくて、レオンは何度もボーマンの胸元を叩いた。
その手の痛みがどんなに通じなくとも、レオンは何度も、叩いていた。
だが、ふとその手を、ボーマンの手がやわらかく包み込んできた。
「みんなが沈んでるとき、俺まで沈んでたら、みんなますます沈んじまうだろ。」
そう言ってきたボーマンの顔に、いつもの笑みはなかった。
別に悲しい顔をしているわけではない。 つらそうにしているわけでもない。 ただ、笑みを消しただけだ。
それなのに、レオンの胸は、何かとてつもなく重いものがのしかかってきたように苦しかった。
息の詰まるようなその感触にレオンが沈黙していると、ボーマンはまたふっと笑いかけてきた。
「この中で、俺が一番年長者だろ?
 リーダーはクロードだけど、あれで結構相談してくること多くてさ。
 …“年上”ってだけで、みんななんだかんだ相談してくんだよな。
 最初はそんな風に“頼れる先輩”でいられるっていう、若干の優越感に浸ってたんだ。」
笑ってはいるものの、声のトーンは決して楽観的なものではない。
それがなおさら、見ていてつらくなる。
「でも…十賢者が出てきてからは…ことさら相談が多くなってきた。
 『勝てるのでしょうか』『何かいいテはありますか』『私たちは帰れるのでしょうか』
 みんなみんな心配なのさ。
 だから、もう……『道化』はやめられなくなってた。」
「…道化……」
レオンは、ボーマンの言葉にようやく納得がいった。
どうしてこんなにもボーマンのへらへらした態度がいらつくのか。
道化師(ピエロ)は、いつでも笑っている。 どんなに悲しくても、どんなに寂しくても。
いつでもへらへら笑う道化師と、どんなに悲しいことが起こってもへらへらしているボーマン。
そうだ、ボーマンは道化師だったんだ。
今になって、ボーマンにぴったりの言葉が見つかった。
見つかりはしたが、レオンが考えているような、“ただ笑っているだけの道化師”とは違う気がして、まだ違和感があった。
「いっつもおどけて笑かしてる俺が、どーんと落ち込んでたら……みんなもっと落ち込むと思うんだ。
 ボーマンは笑ってて当たり前、おどけてて当然、みたいに思われてるみたいだからなぁ。」
口調もいつものように軽いもの。 それでも、やはりトーンは決して軽くない。
レオンはやっと気づけたような気がした。
「……愚痴ってるだけじゃダメなんじゃない?」
「んぁ?」
「いっつもおどけて、いっつも誰か笑わせようとして、いっつも笑って………
 いっつもいっつも悲しんだり泣いたりできないでいるんでしょ?
 それなのに、みんなの悲しみや悩みを受け止めてんでしょ?
 だったら、お前も泣かなきゃダメだよ。」
「…そりゃできねぇよ。 誰かが泣いてる顔見たら、気持ち…沈むもんだろ?」
    「僕の前でなら、泣いてもいいよッ!」
気がつくと、レオンは必死になって声をあげていた。
「だって不公平じゃないか、みんな辛いとき落ち込んだり泣いたりしてるのに、
 お前だけ、誰にも何も言えないうえに、泣けないなんて!
 みんながお前に辛い気持ちを打ち明けて、泣いてくるなら、
 お前もちゃんと泣かなきゃダメなんだよ!!」
ボーマンは目を丸くした。そしてすぐにまた、穏やかな笑みを浮かべる。
「……あのな、涙ってのは『出せ』って言われてすぐ出せるもんじゃねぇんだよ。
 それに…大人になってくるとな、人前で泣くことが…どんどんできなくなってくるんだよ。」
「だったら……」
レオンは、イスを持ってきて、その上で立ち上がり、ボーマンより目線が高いくらいの位置から、ぎゅっ!とボーマンの頭を抱きしめた。
もちろん突然のできごとに、ボーマンはキョトンとしてしまう。
「クロード兄ちゃんが泣きそうになったとき、こうやってたでしょ。
 泣いちゃえよ、って言って………
 だから、お前も泣いちゃえ。」
単純。 実に単純なことなのだが、ボーマンの涙腺を緩ませるには十分過ぎた。
どんなに単純でも、その一生懸命さ、その気遣いに、ボーマンは温かさを感じ、それに感謝していた。
「…ん。 ありがとうな。」
目頭こそ熱くはなったが、やはり心がどこかセーブしているらしく、ボーマンの涙は、片目からしか、それもほんの1粒しか流れなかった。
しかしその1粒には、温かい感情がいっぱい詰まっているに違いなかった。


フォルダの中で未完成のまま放置されてたものを発見し、完成させました。
絵にするならば。レオ×ボーにも見えなくもない…(笑)
ボーマンさんは本当に強い人なんだと思います。 でも、強固に強い!ってんじゃない。人間だから。…ってのを描きたかったんだと思います。(最初に書いてからの時間が空きすぎてあいまいらしい)