絆の深さ <後編>

−−▼宇宙船・ブリッジ▼−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「みんなーっ! エルネスト発見だよエルネストー!」
帰還直後に発した、プリシスの大声で、みんなが集まってきた。
「よかった〜! 無事で何よりですね!」
「オペラは一緒じゃなかったのか?」
みんな口々にいろんなことを聞いてくる。 みんなの視線が集まる中、おじちゃんは苦笑いしてみせる。
「オペラとは…不時着した衝撃で離れ離れになってしまった…。
 その様子だと、まだ彼女とは会えていないようだな。」
おじちゃんがちょっと視線を落とすと、背後にいたお兄ちゃんが、
「お前が見つかったんだ。 オペラもきっと見つけ出せる。」
無骨な一言だったけど、そんな言葉だけで、おじちゃんは笑顔を取り戻す。
「ありがとう…がんばってみるよ。」
「おーし! だんな帰還を記念して宴会しようぜ! 食材は買ってあるよな、じゃ各自調理開始だぁ!
 だんなはちょっと外にでも出て待っててくれよ。」
ボーマンの一言で、みんなが一斉に動き出した。
料理の支度をする人、飾りを作り出す人……
そんなざわめきの合間をぬって、エルのおじちゃんは出て行った。
「レオン、奥の部屋にカスタマイズの失敗作いっぱいあったと思うから、ちょっと持ってきてくれない?
 あれパーティーで使ったら、かなり面白いと思うんだぁ☆」
飾り道具を作りながらアシュトンが笑いかけてきたけど、僕はエルのおじちゃんを追って走り出した。
出入り口から外を見回してみたけど、そこには誰もいなかった。
おかしいなと思って一歩外に出てみたら、かすかに話し声が聞こえた。
「しかしよく抜け出せたな?」
それは確かにおじちゃんの声で、船の後ろの方にいるようだった。
足音を忍ばせながら、茂みに潜り込んで耳をたててみると、もう一人の声が聞こえてきた。
「ボーマンがお前を外に出したおかげだ。」
ディアスお兄ちゃんの声がした。 体が震えて、ものすごくイライラしてきた。
目立たないように、耳を寝かせながらそっと茂みの中を進んでいくと、お兄ちゃんとおじちゃんが、森の中で二人っきりで何か話していた。
「俺はあぁいった宴会の準備とかは苦手でな。
 案の定、セリーヌに出て行け、と追い出されたよ。」
「まったく…あいつはどこまでが計算でどこまでが好奇心なのか…あるいは全てが無意識なのか。
 ぜんぜん図れないな。食わせ物だよ。」
おじちゃんが肩をすくめたところで、お兄ちゃんがおでこをコッツンとおじちゃんの肩に当てた。
「……でも、そのおかげで、こうして一秒でも早く、お前のそばに来ることができた。」
「…そうだな。…うん、俺もお前を、こうして抱きしめたかった。」
こういうのを、大人っぽいって言うんだろうか…おじちゃんが、お兄ちゃんをまるで女性みたいに、そっと抱きしめて、二人は隙間がないくらいに密着した。
「心配してたんだぞ。」
「ごめん。」
「…不安だったんだぞ。」
「…ごめん。」
「せめて死体だけでも、とか考えたこともあったんだぞ。」
「ごめんな、ディアス。」
「…でも、見つかったから許す。」
お兄ちゃんがそう言うと、おじちゃんがちょっと顔を離した。 …かと思うと、お兄ちゃんのあごの先を指先でちょっと押さえて、やさしく…キスした。
地球にある、古い映画でやるようなドキドキするキス。
お兄ちゃんは顔をちょっと背けようとしてたみたいだけど、それでもおじちゃんはあごさえ掴んで、長い間キスしてた………

    もう、ガマンの限界だった。

「こういう、ことだったんだ?」
もう、隠れてても意味がないって気がした。 というよりも、コソコソ聞き耳を立てる必要もないと思った。
「男同士でそんな風に抱き合ったり、キスしたり。
 それじゃ勘繰られたくもなくなるよね。 後ろめたい関係だもんね。」
僕は茂みの中からずぼっと立ち上がって見せた。
僕の姿を認めて、二人は目を丸くしてこっちを見ていた。
「…いつからそこにいたんだ?」
おじちゃんが嫌悪の色を濃くさせて僕を睨んだ。
「僕ならついさっきからここにいたけど。
 …おじちゃんたちはいつからこんな不潔な間柄になっちゃったワケ?」
「あからさまに嫌な言い方だな。レオン。」
おじちゃんは、お兄ちゃんをかばうように、一歩前に出て僕を睨みつけてきた。
「嫌だから嫌そうに言ってるだけじゃないか。
 …こんな人だなんて思わなかったよ。最低だ!」
「ほう、自分は最低ではないと?」
やっとお兄ちゃんが喋ってきた。
「僕もおじちゃんは好きだけど、それはあくまで友達として好きなだけだ。
 お兄ちゃん達みたいに汚れた関係までは望んでないよ。」
「そうやって差別的な見方をするお前自身は最低ではない、と。
 そういうのか。お前は。」
「こんな関係を許せるほど、僕も子供じゃないよ。
 ……いぃや、今日び5歳ぐらいの子供だって、こんな関係許すはずがない。」
そうだよ。 男が男を好きになるなんて、子供だって聞いたら目を丸くして驚くに違いない。 子供にだってわかるような理屈を、この二人は冒そうとしているんだ。
精一杯睨む僕に、お兄ちゃんは静かな湖面を思わせる瞳で、僕を見つめてきた。
「エルネストが望んでいてもか?」
そう言ったお兄ちゃんの目には、どこか哀しさが感じられた。 そんなもので泣き落としなんかしたって無駄だ。
「いくらおじちゃんが望んでいたとしても、
 大切な親友が、間違った道に進もうとしていたら、止めるのが普通でしょ?」
そうさ、僕はおじちゃんの“親友”。 不純な行為に走るのを止めなければならないはずだ。
だけどお兄ちゃんは

    「エルネストを否定してでもか?」

……そんな、フシギな問いかけをしてきた。
…否定する…? おじちゃんを?
僕が首をかしげてみせると、お兄ちゃんは僕の前までやってきて、目線を合わせるように、ひざまづいてきた。
「話をすり替えないでよ!」
「お前の理屈を、エルネストに押し付ける。
 これを“否定”といわずに何というんだ?」
「僕の理屈じゃないだろう、世間一般の常識だよ!」
「世間の常識か。 ならば、世間がエルネストを否定するのだろうな。」
のらりくらりと絵空事ばかりを詠うお兄ちゃんに、僕はだんだんイライラしてきた。
「ワケのわからないことを言うなよ!!」
「お前がわからずやなだけだ。
 …なぜエルネストを理解してやろうとしないんだ。」
…………。 僕は、魔法をかけられたみたいに、動くことも、声を出すこともできなかった。
頭の中が、一瞬何かがはじけたように真っ白になって、脳の機能が全て停止したような気がした。

    なぜエルネストを理解してやろうとしない

その言葉だけが、何度も僕の頭の中で繰り返し響いていった。
「……理解って、何さ。」
ようやく出てきた言葉がそれだった。
「言葉の意味くらいはお前もわかっているだろう。」
「そうじゃない! おじちゃんの何を理解しろっていうんだ。
 男同士の恋愛を理解しろとでも言うの!!?」
すべてだ。
 親友だと詠うなら、エルネストの様々な面を理解していてもいいだろう?」
「…それは……」
「ろくにエルネストの意見も聞かず、ただ一方的に常識だのを押し付ける……
 それがエルネストをどれだけ傷つけてると思ってるんだ?
 お前にとって、エルネストは一体何だ?
 エルネストはお前の何なんだ。 ただ話を聞いてくれるだけの存在なのか?」
声はすごく穏やかだったけど、お兄ちゃんの言葉ひとつひとつが剣のように鋭かった。
「…レオン。」
今度は、おじちゃんが語りかけてきた。
「レオン、酷な言い方かもしれないが……確かに俺は、君とは学術的な話し相手として接してきた。
 …でもそれだけだ。 君は俺のことなど何も訊いてこなかったし……
 俺も君のことを訊こうともしなかったし、訊きたいとも思わなかった。
 だがディアスは、全てを承知の上で受け入れ、“理解”してくれた。
 一方的な俺の気持ちに、こいつは精一杯こたえてくれたんだ。
 君に、彼と同じことができるか?」
本当に酷な話だった。
こんなむちゃくちゃな話があっていいものかとさえ思った。
…でも、おじちゃんの言葉は、僕の中でもうなずけるところがあって……。
「……僕には、できない。」
僕がおじちゃんの“一番”になれなかった大きな差は、おじちゃんを理解しているか否かだった。
それはたった一言の問題だけど、その落差はとてつもなく大きい。
それを自覚したとき、悔しいのか、情けないのか、涙が出てきた。
その身体を、お兄ちゃんはそっと抱きしめてくれた。
「ごめんな。結果として、お前を裏切ってしまって。
 ……お前から、エルネストを奪ってしまって…。」
お兄ちゃんはしっかり謝ってくれた。 おじちゃんも、無言で深く頭をさげた。
だけどきっと、二人の気持ちは揺るがないんだと思った。 というより、なんとなく感じた。
揺るがないからこそ、こんなにも頭をさげて、謝ってるんだと思った。
「……ねぇ、ひとつ教えて。」
小さな声で、お兄ちゃんにそっと耳打ちした。
「ん?」
「“親友”は、友達が幸せになってほしいって思ってもいいんだよね?
 むしろ、そう願うべきなんだよね?」
確認するように、そうお兄ちゃんに問いかけると、お兄ちゃんは笑った。
だから僕は、続けた。
「だったら、僕は応援するべきなのかな……」
僕の問いかけに、お兄ちゃんはちょっと「んー」と考えてから、そっと答えを耳打ちしてくれた。

「さぁ……それはお前が決めることだ。」


前々からエル×レオは考えてはいたんです。 とはいえ、頭の隅っこも隅っこ、エルディが9割なら、エルレオは2分ってとこでしょう。(笑)
レオンは「アタマのいい子」ってイメージが強いので、その理知的さは言葉遣いや考え方にもあらわれてるのでは?って思って、結構苦労しました。 俺は理知的じゃないもんね。(笑)
エルはレオンのことを単なるお友達としか見ていないので、ディアスと比べたら当然劣ってしまいます。
レオン(…に限らず、大概の子供)は、常に一番でいたいと思うあまり、エルの“一番”であるディアスがちょっと許せなかったというお話です。
でも、エディフィスで過ごしたディアスとのやりとりが絆を生み、結果…最終的に彼の言葉を受け入れたってことです。
気持ちが動きすぎたと思う人もいるかもしれませんが、俺は人間だからこそ、揺れまくって、迷いまくって、その末に結論を出すもんだと思っています。
……余談ではありますが、途中でWA4を買ってしまい、どっぷり浸り込んでしまったものですから(笑)後編のラストの表現がちょっと変わってます。 まぁビビたるものだから気づかれない…とは思いますが。(汗)