捜す? 見つける? それとも?

ジェットは記憶喪失だった。
その事実を聞かされたヴァージニアは驚きを隠せなかった。
大人(?)なクライヴとギャロウズはそうまでも反応を示しはしなかったが、「あぁそうなんだ」程度くらいは驚いていた。
ジェット当人も、バレたからといって騒いだり落ち込んだりしたりはしなかった。
そう。ただの「話題」の一環として、そしてこれからの旅の同行の目的の一環として軽く流され、
同時にチームの胸の片隅にしまわれたのである。

舞台はその日の夜、ティティーツイスターの宿の一室に移る。
ガサリ。
クライヴは物音がしたのに気付き、周りを起こさない様気遣いながら静かに起き上がった。
見れば、大イビキをかいて眠りこけているギャロウズと、
シーツを蹴飛ばして寝言を言っているヴァージニアの間にいたはずのジェットの姿がなかった。
(ジェット………?)
まさか一人で出て行ってしまったのではとも心配したが、
その考えは屋根から聞こえるゴトリという音によって否定された。
(?)
クライヴはふと屋根へ上がるためのはしごを見つけ、コートを羽織って自分も上へ上がってみる事にした。

音を立てずに、一応警戒しながらはしごを上がって屋根から顔を出してみると、そこにはジェットが座り込んでいた。
片ヒザを抱き、もう片方の手で体を支えていた。
顔は………上の方に向けられている。
そんな姿を見ていたら、クライヴはなんだか笑いが込み上げて来た。
「いきなり音がしたから、てっきり出て行ったのかと思ってしまいましたよ。」
気付いているだろうと思って声をかけると、どうやら気付いていなかったらしく、
ジェットはかなりギョッとした様子で振り返った。
「なんだアンタか。」
「なんだとは随分ですね。」
「何の用だ。」
ジェットは相変わらずの仏頂面でクライヴを睨む。
対してクライヴは屋根に上がり込み、ジェットの隣に座り込む。
「それはこちらのセリフですよ。 なんだってこんな真夜中に空見上げてたんですか。」
クライヴが問うと、ジェットはまた空を見上げた。
「別に? ………あの星くらいのお宝とか儲けが出たらな〜とか思って。」
「そう言えば、リーダーと行動する様になって、あなたは『渡り鳥』らしい儲けを出してませんでしたね。」
「あの女のせいで大赤字だ!
 ………まぁ、一緒にいるおかげで? 仕事せずに飯にありつけるんだから、まぁ良いけどな。」
「ちょっと。 一応ギャロウズと私はリーダーと一緒にお金山分けしてるんですよ? もしかして君……」
「山分けしてるとは初耳だな。」
「着服してたんですか!!? ヒドイ話です!」
「こっちは大仕事に対して大した儲けが出てねぇんだ!! 小さいコトでウダウダ言うなよ!
 …………で? 何の用だ。」
ジェットは改めて質問して来た。
「別に? 誰かさんが出て行っちゃったかと思ってそれを確認しに来たんですよ。」
「あぁ、そうする手もあったな。」
「君ってヤツは………………」
「なぁ。」
不意にジェットが声をかけて来た。
「あんた………ファルガイアの【思い出】を捜してるって言ってたよな。」
「えぇ。なんですか?今更。」
「【思い出】ってのは具体的にどんなものなんだ? そしてソレは見つけられるものなのか?」
「……えッ、えええええッ?」
クライヴはジェットの問いに驚いた様子で声をあげた。
そりゃそうだ。 今まで【思い出】というものに全く理解・関心を示さなかった彼がそんなコトを言い出したのだから。
「俺には【思い出】ってのがどんなものなのかイマイチ良くわからん。
 大体、私生活の出来事を記憶するのとは違うのか? 普通の記憶とは違う、特別なものなのか?
 あの女も、それにいつか出会った細目の男も【思い出】は大事だとか抜かしてた。
 そんなに価値のあるものなのか?」
ジェットの問いに、クライヴはウ〜ンと考え、ニッコリ笑って見せた。
「一度に全部の問いには答えられませんが、時間を頂ければ1つずつお教えしますよ。」
クライヴはそう言って、ジェットと同じ様に空を見上げた。
星の強い光が、彼のメガネのフチに反射してキラリと輝く。
「まず………【思い出】とは何か。
 そうですね……確かに普通の記憶とは違います。」
「どう違うんだ?」
「ジェットは…何か特別楽しいと思った記憶はありますか?」
「楽しい………………?」
ジェットの仏頂面がなおさら困惑した様子でしかめっ面になる。
「楽しいだけではありませんよ。 嬉しかったり、感動したり、時には悲しかったり……
 とにかく、感情を強く揺さぶられた経験はありますか?」
「ない。」
ジェットはハッキリとした返答をする。
しかしクライヴは別に気にせず続けた。
「感情を強く揺さぶられ、心に強く残った記憶。
 そういう記憶は、なかなか忘れられなかったり、ある時ふと思い起こされたりします。
 それこそが【思い出】………あなたの知らない大切な宝物ですよ。」
「どうして大切なんだ? それのどこが宝なんだ?」
ジェットが問うと、クライヴは急に声のトーンを落とした。
「【思い出】はもう二度と目の前には現われません。」
その変わり振りにはジェットも内心ちょびっとだけ驚いた。
「目の前で起こった事柄は、どんなコトをしてもやり直しが効きません。
 ……僕に先生がいた事は……話ましたよね?」
突然クライヴがもとの優しい笑顔に戻った際、ジェットはコクリとうなずいた。
「そして………先生がお亡くなりになった事も。」
また声が変わった。
この変わり振りにはジェットも参ったが、彼はうなずくしかなかった。
「死んだ人は蘇りません。 喋りません。 動きません。
 いなくなってしまったその人と会うには……
 自分の胸に刻まれた【思い出】の映像(ヴィジョン)にすがるしかないんです。
 そう言えば……少しくらいは【思い出】の価値がわかるのではないでしょうか?」
「………【思い出】とはメモリーフィギュアみたいなもんなのか?」
「う〜ん、違うとは言いませんが、
 メモリーフィギュアはやはり『他人』ですから、あまり詳しい記憶はないはずです。
 やはり当事者である自分が……自分の目で見、
 自分の耳で聞き、自分の肌で感じた記憶の方がより的確なんですよ。」
「……余計わからなくなって来た。」
ジェットはフゥと溜息をついて両膝を抱いた。
「あんたの説明は………自分が【思い出】を持ち、それを理解している人間にできる説明だ。
 だが俺には、【思い出】とは何なのかがわからん。
 ……あんたの説明じゃ、余計わからなくなるだけだ。」
「だったら君も【思い出】を作ってはどうです?」
クライヴが優しい笑顔でジェットに笑いかけて来た。
「“作る”? 【思い出】は作れるのか?」
「ええ。 もちろん。
 “思い出作り”という言葉があるくらいですから。」
「で、具体的には?」
ジェットが冷ややかな目をして言うと、クライヴは明るい声で説明しだした。
「あなたも楽しい経験や、ワクワクする様な経験をするんですよ。」
「はぁ?」
ジェットは目を丸くして声をあげた。
「【思い出】とは、思い出すと自分が嬉しくなったり安心したりするものです。
 だから、あなたも経験してみるんですよ。
 金儲けだけの危険な冒険だけでなく、全く違う分野の世界に足を入れ、
 新たな経験をし、別の視点から物事を感じてみるんです。
 そうすれば、少しは何か心に残るモノがきっと生まれてくるはずです。
 ……もちろん『これがそうだ』という具体的な方法なんてありませんがね。」
「で、あんたの言う、その楽しい経験とやらはどうすればイイってんだ?
 この御時世で、そんな楽しい事なんて…………」
「ワクワクしませんか?」
不意にクライヴがそんな事を言って来た。
「何………?」
「ワクワクしませんか? あのリーダーやギャロウズと旅をしていて。」
クライヴは笑顔でそう言い、こそばゆいくらいの笑顔を見せた。
「私、世界が作り替えられるという大きな事件を前にしていても、
 不謹慎な話ですがワクワクしてて楽しいんです。
 リーダーと笑い合ったり、ムチャして自爆するギャロウズをからかったり……
 そして、君とヴァージニアの諍いを止めたり……
 そうしていたら楽しくて…このチームで行くんだなと思うと、なんだか嬉しくて…ワクワクして……」
「楽しい? 嬉しい? ワクワクする? どこが!
 あんなうるさい女といて、あんな単細胞な大人といて、何が楽しいんだ?」
ジェットが理解したくもないといった様子で言うと、クライヴはクスリと笑った。
「君はこれまで独りでいたんですよね?」
「ああ。」
「独りが当たり前………そんな環境で育ったんですよね?」
「まぁ、俺に荒野を生きる術を教えてくれた男と別れてからはな。」
「でもねジェット。
 人間は……初めから誰かと一緒にいるものなんですよ。」
クライヴはフゥと溜息をついて空を見上げた。
「生まれた時から…母親がそばにいて、出稼ぎなんかに行ってなければ父親がいて……
 そういう温もりは、誰でも常に無意識の内に欲していて……………………
 私も皆と会うまでは独りでしたが、でもやっぱり、皆と逢って……こうして温もりを感じると……
 やはり心のどこかで安心してしまうんですよ。」
「………………………。」
ジェットは黙り込んで視線を落とした。
「ねぇジェット。 もう少し皆の輪に入ってはどうですか。
 いつでも抜けられる様、輪の外にいるのではなく……皆と仲良くするために輪に入る。
 そうすれば少しは………あなたの求めるモノを理解する手掛かりが得られるのではないでしょうか?」
「冗談じゃねぇ。」
ジェットはフンと鼻で笑って言った。
「前からずっと言ってるだろ。 俺は独りが良いと。」
「まぁ、実際にどうするかはあなた次第ですがね。
 ……………でもジェット。 これだけは覚えておいてください。」
クライヴは真剣な眼差しでジェットを見た。
「少なくとも、今…君に抜けられたら…………」
その眼差しが、どこか『チームを抜けたら撃ち殺してでも引き戻す』と言っていたので、ジェットは警戒心を強めた。
しかしクライヴは途中で「やめた」と言ってニッと笑った。
「なんだよ。」
「君に言ったところで、どうせ冷たい返事が返って来るだけですから。」
「フン、だったら最初から言わなければ良い。」
「それに気付いた時にはもう口走っていたのですから仕方ない。」
クライヴはそう言ってコートを押えてウ〜ンと伸びをした。
「さて、好い加減眠りにつかないと疲れも取れませんよね。」
「あぁ、30歳のオッサンはそうだな。」
「ハハハ……オッサンですか。 まぁ否定はしませんけどね。」
クライヴは笑いながらそう言い、はしごを降りかけた。
「ジェットはどうするんですか? 夜は冷えますよ?」
「俺はもう少し星を見てるよ。」
ジェットはクライヴに背を向けて言った。
クライヴはニコリと微笑み、小さく「おやすみなさい」と言って部屋に戻って行った。
気配でクライヴがいなくなったのを確認すると、ジェットはフッと顔をうつむけて複雑な心情が表れている顔をした。
「【思い出】は……作れる……………か。」
(別にあの女やバカな大人や、掴み所のねぇヘラヘラオヤジと一緒にいたいワケじゃねぇ。
 【思い出】にそんな深い思い入れがあるワケでもねぇ。
 ただ…………連中が大切だ大切だとわめいている【思い出】というものがどんなものなのか、
 少しだけ…………ほんの少しだけ知りたくなっただけた。)
「フン………付き合ってやろうじゃねぇか。」
ジェットは空に向かって小さく言ってやった。
口元には、不敵な笑みを浮かべて。
(馬鹿馬鹿し過ぎてやる気も失せては来るが、連中の価値観を知る良い機会だ。
 【思い出】とやらを解明してやる!
 そしてその馬鹿馬鹿しさを俺が証明してやる!! そしてソレを…………)
「あの女の前に叩きつけてやる!」
気がついたら叫んでいた。
ジェット自身も驚いたらしく、叫んでからすぐに顔を紅くしてひざを抱いた。
(何熱くなってんだよ……金儲けのためでもねぇってのに。 俺らしくもねぇ…………)
後に彼は、レイライン観測所にて次第に明かされて来る事実に【思い出】に対する思い入れが強くなって来る。
もちろんそれはジェット本人も気付かないほどの小さな変化ではあるのだが、変化があるのは確実だ。
でもそれはまた別の機会に……………………

単にクライヴが親っぽい感じに見えたのでこんな書いてみた。
しかしテーマが複雑なだけに結構しんどいですねぇ!
でもまぁ、それを深く考えながら書くのは実に楽しい感じでしたけどね。
ちなみに……1つだけグチらせて下さい。
レイライン観測所!! テュプリケイター2つ使ってまで見た本が!!!
どうしてあんな内容ばかりなのッ!!?(俺のテュプリケイター返せぇぇ!!)
でもまぁ、今作はテュプリケイター結構手に入るみたいだから別に良いんだけどね。