ミレディ ウィンスレット宅で世話になるのこと

彼女の名前はミレディ=ヴァンレティ。
言わずと知れた七人委員会の一人であり、預言者の一人。
その容姿はあのおばさん臭い口調さえなければカワイイもんで。
そして彼女は今ハンフリースピークに来ている。
真っ白い一枚衣は目立つ目立つ。
それを少しは自覚しての事なのか、彼女なりの変装をして来てはいる。
……だが、その変装というのが、いつもの白い一枚衣に真っ白いフードつきのマントを羽織っただけという姿で。
ただでさえ怪しい風貌をさらに怪しくさせているところに気づかないところが、また彼女らしいのではあるのだが……
さて、今回の彼女は別にリヒャルトとかからの命令で来てるワケでも、ジェイナスのおねだりで来ているワケでもない。
ホントに独自独案の、単独任務。
で、彼女はハンフリースピークに何しに来ているのか。
このハンフリースピークという場所に何があるのかを考えて欲しい。
まぁ確かに地酒は美味いかもしれないが、ミレディがそんなもんに興味を示すはずもない。
彼女は、ハンフリースピークに到着するなり、まっすぐウィンスレット宅へ向かった。
そう、彼女はクライヴの家が目的でここまで来たのだった。
(ここがあの男の家か……ジェイナスの情報を信じたいワケではないが……
 いてくれれば良いのだがな、あやつ。)
外見には全ッ然似合わぬ言葉遣いで内心そう思い、彼女はウィンスレット宅のドアの前に立った。
実は、これからどうしようかとか、そういうのはまったく考えてなかったのだ。
彼女にしてはらしくない行動である。
計画とかマメに綿密に立てるマジメや女なのに、だ。
単にこの家へ足を運びたかっただけ。

あんたらしくもねぇ。

出掛けにジェイナスに言われた言葉が思い浮かぶ。

「クライヴんちはどこだってぇ?」
ジェイナスの声を裏返した返事に、ミレディはスゥッと目を細める。
「なんだ、その返事の仕方は。」
「おいおい、クライヴの兄ちゃんはあんたがいっちばん嫌ってるメガネの男じゃねぇか。
 そんなヤツんちに一体何しに行くんだ? 闇討ちでもする気かぁ?」
「…わからない。」
ミレディは、いつものキンキン声ではなく、少し沈んだ声を出して言った。
そんな彼女の様子に、ジェイナスはなぜかビクビク。
「…なんだ? どしたんだよミレディの姐ちゃん。
 いっつも説教ばっかたれてくるだけに、すっげぇ怖いんですけどッ!!」
「……とにかく、ヤツの家はどこだ? 知ってるんだろう?」
ミレディがねだるように言うと、ジェイナスはウ〜ンと困った様子で頭を掻きながら
「ハンフリースピーク。」
と、ようやく言えた。
「ハンフリースピーク?」
「カッコから見てそんな感じしないか?
 現に、あいつらが夜中の密会してるトコ盗み聞きしてたら、
 『ハンフリースピークにいる娘が』とかなんとか言ってたし。」
「盗み聞きなんかしていたのか。」
「まぁ、あのお嬢ちゃんに興味がありましてな。(ふっふっふ)」
「この破廉恥者がッ。」
ミレディは、その長く白い袖でバシッとジェイナスをひっぱたき、きびすを返した。
「ハンフリースピークだな。…その情報、信じても良いのだろうな?」
「くどいなぁ、信じてくれたって良いじゃねぇか。」
ジェイナスはそう言って、ミレディが歩みを進めたところで改めて訊ねた。
「…何しに行くんだ?」
ミレディは答えない。
無言のまま、うつむいている様にも見える。
そんな、彼女らしくない後姿を見て、ジェイナスはため息をつきながら言った。

あんたらしくもねぇ。

「いいぜ。 送ってくよ。 ……また戻れなくなったら、コトだろう?」

(私は何をしに来たんだろう。)
ミレディはそんな事を今更思った。
ジェイナスはハンフリースピークの下水道で居眠りして待ってるとの事。
(子供ではないが……連れて来ればよかったかな。)
なんだか心細いというよりも緊張しているのだ。
男の家に向かうから?
妻子もちの男の家に入ろうとしているから?
それはミレディ自身にも預かり知らぬものだった。
とにかく、こんな玄関の前で突っ立っていても仕方がない。
そう思った彼女は、大きく息を吸い込んだ。
ドアの前にコブシを当て………ノックを

ごん。

しようとすると、突然ドアが開き、ドアに密着するほど近づいていたミレディは額を諸にブチ当て、そのまま転倒してしまう。
ドアの裏から、淡い茶色の髪をなびかせる女性が顔を出す。
「あらッ! ご、ごめんなさい!」
ミレディは初対面であったが、彼女こそあのクライヴの奥様キャスリンだった。
それを知らないミレディは顔をしかめたままその場で気を失ってしまう。
普段なら防御結界を張っている彼女なのだが、常時そんなもんを張り巡らすほど臆病ではない。
そのため、防御結界なしで直の物理ダメージをくらい、その強烈さに昏倒してしまったのだ。
彼女が昏倒しているのに気付き、キャスリンは大慌て。
「た、大変! ちょっとケイトリン? 手伝ってぇ!」

「………?」
ミレディは、暖かい暖気とパチパチと爆ぜる火の音で目を覚ました。
見れば、目の前には暖かそうな暖炉が。
そして自分の体には、あのフードこそそのままだったが、毛布がかけてあった。
(………ここは…)
「気がつきました?」
そこへやって来たのは、紅茶らしき温かいモノを盆に乗せて運んで来たキャスリン。
「ごめんなさい、私そそっかしくって。 でもまさか、気絶してしまうなんて思わなくって……」
キャスリンのその言葉で、ミレディはようやく自分がどこにいるのか気がついた。
そうか、私はあの男の家の前で…いきなり扉が開けられて、それにぶつかって………
 それじゃあこの女は……
色々と思い起こしているミレディの目の前に、キャスリンはソッと温かい紅茶を差し出した。
「まずは温かいものでもどうぞ。 ダージリンのセカンドフラッシュです。
 夫が好んで飲むものですから、これしかないんです。」
優しく、聞いているだけでもほんわかしてしまいそうな声でキャスリンはそう言って、ニコリと微笑む。
ミレディは紅茶を受け取ると、丁度良いその温かさに、どこかほっとしてしまいそうだった。
しかし、ここはあの男の家…敵地なんだと認識すると同時に、そのほんわかは消え失せてしまった。
…しかし、目の前で暖かそうな湯気を立てているダージリンは少なくとも高級品。
一応飲まずにはいられなかったミレディであった…(貧乏症?)
「旅の方ですか?」
キャスリンが訊ねて来た。
「え?」
「いえ、そのフードとマントって、砂嵐避けのですよね……?
 夫が良くそういう装備を買い換えたりするのを見てるからわかるんです。そういうの。」
その口調ははっきり言って【奥さま】そのもので、話しかけられているミレディが緊張してしまう。
「え、あ…まぁ。」
言葉遣いにも、いつものあの覇気がない。
「どちらから?」
「……ミ、ミーミルの方から。」
「ミーミル! あんな遠い所からですか!!? さぞ長い旅路でしたでしょうねぇ……」
実はテレポートで来たからラクラクよ〜ん♪なんて言うほどミレディもアホではないが、やはり返答には困る。
「私、生まれも育ちもここですから、他の大陸の話は夫から聞くものしか知りませんの。
 良かったら、何か聞かせてくれませんか?」
キャスリンは嬉しそうな声で言って来た。
その調子の良さと、敵対心・警戒心の全くのなさに、ミレディは呆気に取られるばかりである。
「き、聞かせると言っても、私は……………
 ……そう、私は、故郷を棄てて旅に出たのだ。」
出任せを言った。 別に旅人を演じて何になるのかと問われても、今の、すっかり調子を狂わせたミレディにはわからない。
キャスリンはあッと口元に手をやり、「ごめんなさい」と謝った。
「? なぜ謝る?」
「いえ、お訊きし辛い事を聞いてしまって………。」
そんな事でも謝るのか?
ミレディは思わずそんな疑問を抱いてしまった。
「……ところで」
今度はミレディが訊ねた。
「ここにいるメガネのおとッ…………いや、さっきから言う、夫とやらの姿が見えない様だが?」
ミレディは、クライヴを知っているという事を、なぜかキャスリンには勘付かれたくないかのごとく、そう言った。
するとそこへ、ケイトリンがキャスリンのもとへ走って来る。
「お母さん、お外で遊んで来ても良い?」
「えぇ、良いわよ。 あ、でも街の外はダメよ。 コワ〜イ魔獣がいるんですからね。」
「大丈夫! お父さんと約束してるから!」
そう言って、ケイトリンは玄関から外へ跳び出して行った。
その背姿を見送ってから、キャスリンはにこやかに話した。
「夫は、今は亡き私の父の意志を継いで、
 この星の【思い出】について調べるために、世界を周ってるんです。」
「……【思い出】…?」
「父と夫は考古学者なんです。
 世界の荒廃原因を突き止め、その再生を図るために、手探りではありますが、色々と……。」
「……無駄だとは思わないのか?」
ついそんな事を訊いてしまった。
一般の人間であるあの男にそんなマネができるワケがない。
我々の様な……そう、崇高なる予言者のような者ではなくては………
「思いません。」
しかしキャスリンは、意外とはっきりとした、強い口調でそう言った。
「思わないというより、思いたくありません。
 だって、父もあの人も、その【課題】に命懸けで取り組んでいるのですから。
 …命を懸けて取り組んでいるその【課題】を、【無駄】というたった一言で終わらせたら……
 調査の際に父を亡くしたあの人は…きっと苦しむ……」
どこか、自分に言い聞かせる様な口調で言うキャスリンに、ミレディは彼女の強さを見つけてしまった気がした。
そしてそれは同時に、自分はこのキャスリンという女性よりも脆く弱いものだと認識してしまうものでもあった。
あの男ただ1人を信じて、そして誰が彼の【課題】に文句をつけようとも決して折れない、強い意志。
対して自分の意志は、【美しさ】という小さく、
いつ無くなるともわからない儚いものにすがる……脆き【必死】。
そんな女性の夫であるクライヴが、毎度毎度自分を口で負かすのも納得行ってしまう気がした。
「あの人は、父が亡くなったのが自分の責任だと思っているんです。」
キャスリンは顔をうつむかせてそう言った。
「私や娘の前では笑って見せてくれますが……
 やはりどこか、深い苦しみの色が伺える、見ていてつらくなる、重い笑顔です。
 あの人が今でも調査を続けるのは、父の死の責任を取るためでもあるんです。」
「不安は、ないのか。」
ミレディはなんとなくそう訊ねた。
「夫が、そんな雲を掴む様な、全く何の手掛かりのない、途方もない【課題】のためだけに、
 危険な魔獣の巣食う荒野へ旅立って………残されたお前は不安ではないのか。
 愛する夫が、もしかしたら亡骸で帰って来る……いや、二度と帰って来ないのではないかと。」
キャスリンはさらに顔をうつむかせた。
「不安ですよ………。 不安にならないワケがない………。
 でも、私が夫の帰りを信じてあげなくちゃ……誰が彼の帰還を信じてあげるのでしょうか?」
キャスリンは顔を上げてそう言った。
「【不安】とは、募るものです。
 でも夫が帰って来た時、それまで募って来た【不安】は全てリセットされてしまうんです。
 だから、私は……いつまでも夫を信じていられる…!!!」
彼女が浮かべた力強い笑みは、ミレディを圧倒させるものだった。
この時、ミレディは「これか」と気付いた。
クライヴの言っていた【美しさ】。 彼が論じた【美しさ】
それは、今キャスリンが浮かべている【光り輝く笑顔】だったのだ。
(そうか……この綺麗な笑顔をいつも見ているから……
 ……だからあの男は、私には魅入らなかったという事か……)
ミレディは、ようやくわかった気がした。
なぜ自分はこの家に来たのだろう。
なぜ緊張していたのだろう。
それは、他ならぬ彼女自身が、クライヴを魅入らせる事ができなかった原因を突き止めるため。
そして緊張していたのは、自分の美しさを否定されてしまうのではという不安から来るものだったのだ。
ようやく全てが1本に繋がった。
それと同時にミレディはなんだか、今までモヤついていた心の濃霧が一気に晴れた様な気がした。
その時。
「お母さんお母さん!!」
ケイトリンが慌しく駆け込んで来た。
「どうしたのケイトリン。」
キャスリンがその慌てぶりに立ち上がった時。
《おい姐ちゃん!! ヤバイぞ!!》
ジェイナスも慌しい声をあげてテレパシーを入れて来た。
「あのね、あのね、お父さんが帰って来たの!!!」
《嬢ちゃん達が帰って来ちまったんだ!! 今すぐそこから逃げろッ!!!》
ケイトリンの声とジェイナスのテレパシーはほぼ同時にミレディに聞こえた。
ミレディは慌てたッ!
「あぁちょっと!?」というキャスリンの声を無視して急いで玄関から飛び出し、ハンフリースピークの正面出入り口へと走る。
そこでは。
「ジェイナス=カスケードッ!!!」
「だーッ!! ちょっとタンマッ!!
 今回は別に闘り合うつもりで来たワケじゃねぇから、その物騒なヤツしまえぇ!!」
普段余裕を見せる彼でも、やはり慌てているらしく、そんな慌しい大声が聞こえた。
「こんな街中でドンパチするつもりかい!? 俺ぁ構わねぇが一般市民を巻き込む事になるぜッ!!?」
「安心なさい、一発で心臓ブチ抜きますから。」
「冷ややかな目でそういう事サラリと言うなああッ!! あ。
下水道から顔を出していたジェイナスが、走って来るミレディに気がついてこちらを向いた。
それに気付いたヴァージニア達もミレディの方を向く。
「も、もしかしてミレディッ?!」
ヴァージニアが声をあげると、表情を険しくしたのはクライヴ。
そんな彼の顔を見て、ミレディはバサリと白いフード付きのマントを剥ぎ取った。
「あら、気付かれていたのね。」
ざ〜とらしく言って見せると、クライヴはメガネを上げ直しつつ
「そんな事にすら気付かないとは、よほどのおマヌさんというワケですね。ミレディ?」
出会い頭からいきなりのイヤミ。
しかしミレディはいつもの様に突っかかっては来なかった。
「そうね…確かに私はおマヌさんだった様ね……」
「……え。」
これには驚いたらしく、クライヴはメガネをズリ落としてしまう。
ミレディはフフンと笑うと、下水道にいるジェイナスのもとへと跳んだ。
「今はお前達と争いたい気分ではないのだ。 ……命拾いしたと思って感謝する事だな。」
そう言い捨てるのと同時に、これ以上のゴタゴタはごめんだとばかりにジェイナスのテレポートが発動し、 二人はハンフリースピークから姿を消した。

(私にはない……あの男が惹かれる美しさ………)
ミレディは自室に篭もって色々と考え事をしていた。
するとそこへインターホンが鳴る。
「誰だ。」
《俺々。》
インターホンではなく、声はテレパシーで聞こえた。
「なんだジェイナスか。 何の用だ?」
《リヒャルトのだんなが、姐ちゃんの担当している区域の作業が遅れてるって文句言ってんだよ。》
「だからどうした。」
《おいおい、自分がやる事忘れてどうする。
 姐ちゃんがやってくんねぇと、俺にまで色々と回って来るんだよ!》
「お前ならできるだろ。 任せる。」
《仕事はきっかりマジメにやる姐ちゃんがなんでぇそりゃあ!!? ホントどうしちまったんだよぉ!!!》
「なぁジェイナス。」
《あ?》
「………お前は、美しい女性とはどんなもんだと考える。」
ミレディの問いに、ジェイナスはドアの向こうで目を丸くさせた。
《そりゃやっぱ、気立てが良くて、やたらキンキンしなくて、おっとりしてて……
 丁度姐ちゃんとは正反対な》

ガーッ。
「エリミネイトスキャナーッ!!!」
バリバリズギャギャンッ!!!

突然ドアを開けて、ミレディはそこからジェイナス目掛けて攻撃をブチ当てる。
ジェイナスはその場で引っ繰り返り、ミレディは振り返り様に冷たくドアを閉める。
「あッのクソガキ、言いたい事言ってくれよってからに………!!」
ぼやいてから、ふとジェイナスの言葉を繰り返した。
「丁度姐ちゃんとは正反対な…………か。
 やはり、私は美しくないのだろうか………………」
ちょっぴり考え込んでしまうミレディであった。

ミレディちゃんにちょっとクライヴさんの言う【美しさ】の内訳を見てもらいました。
彼が愛するのはキャスリンさんとケイトリンちゃんでしょ?
で、恋愛対象としては、やっぱ一番はキャスリンさんでしょ?
そう思ったら、彼が感じる【美しさ】は、
キャスリンさんから出されてると思うんですよね。
そりゃやっぱ、顔がキレイってのもあると思うんですけど、
彼女には、なかなか帰らぬ夫を待つ、心の辛抱強さがあると思うんですよね。
女性の魅力って、そういうのもアリなんじゃないでしょうか?

て言うか最初、ミレディVSキャスリンさん!とか考えてたんですよ。
ミレディのエリミネイトスキャナーが発動される、その一瞬のスキを狙って、
キャスリンさんのおたま攻撃!!!(その素早さはジェットのアクセラレイター以上ッ!)
結果はもちろんキャスリンさんの秒殺!!!…………みたいなの。