幼き貴殿は我が真の主

改造実験塔:Oでの戦いが終わってからのヴォルスングは、ファリドゥーンの進言により、トゥエールピットのRYGS邸宅に身を寄せていた。
“怨念”が抜けることで、ヴォルスングの中でも何かが変わったらしく、始めは会話や生活行動に、 どこかぎこちなさが見られたりしたものだが、2日も経てばだいぶ落ち着いてきた。
ファリドゥーン自身も、主であるヴォルスングが強硬派自体を解散させてしまったため、(もちろん軍の仕事が全くなくなったわけではないが) 以前よりは邸宅に長居できるようになっていた。
これを機に、ファリドゥーンはヴォルスングと一緒にいられる時間を、できる限りつくるようつとめた。
ヴォルスング自身が、使用人に任せればいいような買い物を引き受けるため、ファリドゥーンも自然とその後についていったり…
買い物の帰りに喫茶店に寄ったり……
帰り道、邸宅の前にある池のカモを見てなごんだり………
強硬派に身をおいていた頃では考えられないほど、ゆったりとした時間をヴォルスングと過ごしていた。

ファリドゥーンがソレに気づいたのは、ヴォルスングが書斎の本を虫干ししていたとき。
積み上げた本を抱きかかえ、ヨタつきながらも移動させるヴォルスングを見て、ファリドゥーンは思わず「そんなことは使用人に任せて」と言いかけた。
が、この時ヴォルスングの顔を見て、違和感を覚えた。
自分の身長以上もあるグラムザンバーを振り回していた頃から思えば信じがたい光景なのだが、本を持つ際、ヴォルスングはグッと歯を食いしばる。
その表情が、どことなくあどけなさを残した子供のように思えたのである。
思わず目をこすり、改めてヴォルスングの姿を見てみた。
彼は、ちょうど本を移動させてフゥとため息をついているところだった。
その仕草が、やはり子供のように見えてしまう。
(…軍の仕事もある程度分担しきれているし…
 特に忙しくもないから、疲れているとは思えないのだが……)
その時は、水でも飲んで落ち着けばいいだろうと思い、そのまま書斎を後にした。

ところが、その日の夕食の時。
「ファリドゥーン。
 橋向かいのパン屋からオニオンバケットを分けてもらったのだが、
 夕食で一緒に食べてしまうか? それとも、朝に残しておくか?」
バスケットに入った、拳2つ分くらいの大きなバケットを見せながら、ヴォルスングは何気なく笑みを浮かべてきた。
本人は別に意図して浮かべたものではなかったのだろうが、ファリドゥーンはその笑顔に、また幼さを感じ、うろたえた。
「ファリドゥーン?」
表情に変化でも出てしまったのか、ヴォルスングが不思議そうな顔つきでこちらを覗き込んでくる。
その顔つきがまた、幼い子供が「ん?」と首をかしげて見せるようなものに見えて、ファリドゥーンはますます困惑した。
のどがつかえたように、言葉が出てこない。
声を出せず、ファリドゥーンがただただジッ…とヴォルスングのことを見つめていると、心配そうな、どこか寂しそうな顔をしてきた。
「……どうした?」
「ッ。 あ、申し訳ありませッ……」
ヴォルスングの心配そうな声に、バチッとはじかれるようにして、ファリドゥーンは声を出せた。
「何か気にかかることでもあるのか?」
「いえ、特には…… あ、何の話でしたか…」
「……いや、このバケットは明日の朝食べよう。
 一晩くらいなら、そうまずくはならないだろうからな。」
そばにいた使用人にバスケットを預け、ヴォルスングもテーブルについた。
その日の夕食は、ヴォルスングは普通に接してくれていたが、ファリドゥーンはどこか気まずい空気を感じていた。

数日後、文通相手のチャックから返事が届いていた。
「ファリドゥーン様。お手紙でございます。」
届けられた手紙は、一度宛名別に仕訳けられ、整理されたうえで宛人に届けられる。
ファリドゥーンの場合、仕事やファンからの手紙も混じっていたりするため、結構な量の手紙が書斎にまとめて届けられるのだ。
そしてその中に、チャックからの手紙があることに気づき、ファリドゥーンの表情がゆるむ。
「ほぅ、チャックからか。 ご苦労。」
使用人が「失礼します」と書斎を後にすると、仕事の手紙を一度机に並べ、まずチャックの手紙から開封する。

手紙はその後、チャックの近況や、カポブロンコでディーンはどうしていたといった内容が続いていたが、一通り読み終えて、
「…なるほど。的確だな。」
独り言をつぶやいた。
目を閉じて、ヴォルスングがトゥエールピットに流れ着いた日のことを思い出す。
出会った当初は、自分の負った使命を果たそうと、自分よりもずっと大人びた印象を受けた。
でも、今改めて思い返してみれば、その表情は今のヴォルスングに通じるところがある。
「やはり、ヴォルスング様は戻られたのだな……」
気がつけば、昔のヴォルスングが戻ってきたことに安堵感を覚えている自分がいた。
そう考えると、自分は昔のヴォルスングが戻ってくる日を望んでいたのではないかと思えてきた。
ヴォルスングにつき、強硬派に身を置くようになったのは、ヴォルスングの役に立ちたいがため。
そしてヴォルスングを今度こそ護りたいと願ったため。
だが次第にその強引なやり方に、徐々に着いていけなくなっていた。
始めも、そして“強硬派ヴォルスング”を見限りかけたのも、どちらも根幹には“昔のヴォルスング”への想いが必ずあった。
「……ずっと、私の中心はヴォルスング様であったのだな…」
「…すまない……」
「はい…… えッ!?」
ぽそっとつぶやいた独り言に、ヴォルスングが返事をしてきた。
気がつくと机の前に、ヴォルスングが肩を落として立っている。
「本当に尽力してくれた…
 それがファリドゥーンにとって不本意な任務であったとしても、全部こなそうとしていたな……
 ずいぶんと振り回してしまったものだ…」
「いえ!そういうわけではございませんッ!」
気にしていることなのか、ヴォルスングが今にも泣き出しそうな顔をしてきたため、
ファリドゥーンは大慌てで椅子から立ち上がる。
「私が強硬派につくヴォルスング様にお仕えしようと考えたキッカケも、
 強硬派から身を引こうと思ったキッカケも、どちらにもヴォルスング様があってのこと。
 それは決して悪しきことではありません。 ですから、ヴォルスング様が気に病む必要はないのです。」
そう説いてやるも、ヴォルスングはやはりまだ不安が拭いきれないらしく、
「しかし、ここ数日、調子が悪そうだったではないか。」
やはり心配そうな顔をしてきたので、ファリドゥーンは、笑顔で首を横に振ってみせる。
「いえ。 ご心配には及びませぬ。 ご心配をおかけしましたな。」
ニッコリ笑ってみせると、ようやくヴォルスングも安心してくれたか、つられてにこやかに微笑んできた。
やっぱりそれが幼い笑顔に見えるのだが、これが元のヴォルスングなのだと思えば、もう変に戸惑ったり緊張しなくなった。

「…大丈夫かなあの人…」
ファリドゥーンからの返事を読み、チャックは目元を引きつらせていた。
「ファリドゥーン様、何だって?」
丁度里帰りをしていたルシルが覗き込んできたので、チャックは一応パッと便箋を伏せてやった。
相手がどうであれ、勝手に自分以外の人に手紙を見せるものではない。
「ん〜、なんていうか、彼は恋をしてしまったんじゃないかなぁ。」
「あら、おめでたいことじゃない。
 これでファリドゥーン様も、お寂しい思いをしなくて済むわね。」
「そうかもね〜…」
そう言いながら、チャックの目がやっぱり引きつっていたのは言うまでもない。
そして、その手紙に対する返事はこうだ。

もちろん、この手紙がまたもファリドゥーンを困惑させてしまったことも、言うまでもない。

「大人のためのお題」にある「激しい恋」のボツ版。
序盤でファリが仕事しなくなってるダメ男になってるようにも見えるし、
(※ あくまでも強硬派にいたころと比べればの話なんだけどね)
どこらへんが激しい恋なのかわからないし、
むしろ激しく恋してるのは俺です。そしてヴォルが幼く見えてるのは俺です。(笑)
ファリドゥーンは、単純に「かつてのヴォル」が元から大好きだったってだけなんです。
別に恋じゃないんです。
恋愛ばりにヴォルのことが大事になってきちゃってるんです。
……ファリドゥーン好きなのに、そんな扱いかよって感じもしますが(汗)
お題が「恋」なんですものしょうがねぇ!