俺たちの寿命

アークティカ城で唯一無事だった第3書庫があった。
ザックはよくここでエルミナに勉強させられたモノだが、同時に居眠りしてエルミナやゴルドバードにひっぱたかれて説教くらっていたこともある。
ハンペンの提案で、この書庫から何か情報が引き出せないかということで訪れ、読書タイムということになったのだが………
「はぅ……眠い。」
肉体労働担当なザックはものの3分もしない内にダウンしてしまう。
知性派ハンペンをはじめ、もともとマジメなロディ、もともと本が好きだったセシリア、もともと勉学に励むタイプのエマ、情報収集のためならいくらでも集中できるジェーン…
ザック以外はほとんど黙々と本を読みふけっている。
(…クソッ……博士ならともかく、一番大人な俺さまがこの調子ってのもなんかな〜……)
机の上で頬杖ついてブッスーとした顔をしたザック。 …の目にふと入ってきたのは、光合成もできそうなくらい緑頭の魔族、ゼット。
なんとなーく、『人間の書物なんて』とか言って遊んでそうなイメージがあったのだが、意外と彼は1冊の本を何度も読み返しているようだった。
しかも、それだけでなく、その傍らには6冊ほど同じような本が積みあがっていた。
(…ここは歴史や専門書しか収めてねぇはずだから……
 ……英雄物語(ヒロイックストーリー)なんてなかったと思うんだけどなぁ…)
英雄物語(ヒロイックストーリー)というのは、男の子なんかがよく読む書物で、架空の世界を救う英雄(ヒーロー)のを描いた物語が書かれている本のことだ。
アークティカにはそういった書物が数多く集められており、ザックも少年時代にそんなものを読んだ記憶があった。
しかし、それらを収めた書庫などとっくに焼け落ちており、本も全滅していることだろう。
ゼットはいったい何を読んでいるのだろうか。
離れたところにいるので、ザックは目を凝らして見てみた。
(………医学書?)
ここには確かに医学書がかなり収められている。 とはいえ、魔族の医学書なぞあるはずもない。
一体ゼットは何がおもしろくて医学書なぞ読んでいるのだろうか。

結局、この情報収集でわかったことは、かつてファルガイアを再生させようとした七人委員会がもたらしたユグドラシルシステムを取り込んだおかげで、マザーは一度に大量の魔族を生み出す能力を得た、ということぐらいだった。
時間をかけた割に、しょぼい収穫であった。
ロディやセシリアは、「でもいろいろなことを知ることができて良かった」と素直に喜んでいる。
エマもこれからの研究課題に使えるかも、とかつぶやいてるし、ジェーンもなにやら新たなお宝の情報でも得たのか、密かにニタニタしている。
ゼットはというと、何か考えているのか、珍しく静かにしていた。
ガル・ウィングを操縦するのは機械操作にある程度長けているザック。
…といっても、彼の場合、エルゥの遺産のような細かい機械は使えないようだ。(笑)
そして、ガル・ウィングの安定・補助はロディが担当。
……実のところ、彼が感応することで、ガル・ウィングは安全に飛んでいるのだ。
本当はエマが操縦すればいいのかもしれないが、以前彼女に操縦させてみたところ、きりもみやら急速垂直上昇などやらかしてくれたもんだから、一切操縦させてもらえなくなったとか。
「で、次はどこ向かうんだ?」
「コートセイム向かってくんない? マクダレンにいい知らせがあるの。」
ジェーンの言葉により、コートセイムへ向かうことになった。
「…コートセイムってのはどこだ?」
ゼットがひょいと顔を出してくる。
「ジェーンの実家で、孤児院があるところですよ。」
「そうそ。 子供ばーっかだけどね、イジメたりしたらあたしが承知しないんだから!」
セシリアとジェーンが説明してやると、ゼットは「子供かぁ。」と目を細める。
(そういえば、人間の子供と会うの初めてじゃねぇか? こいつ。)
ザックはふとそんなことを思った。
大戦時に斬り裂いたことはあったのかもしれないが、いざ平和に接するとなると初めての体験かもしれない。
そう思うと、ザックは子供相手にたじろぐゼットを想像してしまい、一人クスクス笑ってしまう。
それに気づいたか、ゼットが「おいこら!」とザックに向かって声を荒げる。
「なぁにひとりで笑ってるんだよ気持ち悪ぃなぁ!
 さては貴様、ひとに隠れてひとには言えないあらぬ妄想を駆け巡らせるムッツリ妄想家だな!!?」
「うーるせぇなぁ、ほーれ見えてきたぞ!」
ザックの言うとおり、コートセイムはもう眼下に広がっていた。

「? おい、バカどこ行ったんだ?」
ザックはゼットのことを「バカ」と呼んでいる。
最初は「バカ魔族」だったのだが、セシリアがとがめたので、「バカ」だけになったようだ。
コートセイムに着いて、ちょっとだけマックスウェル宅で休んで、それからゼットを探してみたのだが、どの家にもその姿はなかった。
それに加え、いつも子供たちに囲まれて困り顔になっているはずのロディの姿も。
セシリアとジェーンに尋ねてみたが、二人の姿は見ていないという。 エマはというと、アッカマンにリネームシステムのことを訊いているのでこっちも向いてくれなかった。
ザックが困り果てていると……
「ロディさんとゼットさんをお探しですか?」
背後からマクダレンが、いつものやさしげな笑顔で近づいてくる。
「え? よくわかるなぁ…」
「先ほどからあちこちで二人の行方を尋ねておられるのを見ればわかります。
 ……差し出がましいかもしれませんが、探さないであげた方がよろしいかと。」
「? なんでだよ。」
マクダレンの言葉に、ザックはまゆをひそめる。
「思うに、お二人で何かマジメな話をしてるのでは……
 特に、ゼットさんは…お顔が優れませんでした。」
「…なお更見つけたくなってきたぜ。 二人を見たんだな?」
「…………。 そこに滝がございますでしょう。」
マクダレンが指差す先に、小さな滝があった。
「その裏に、ゼットさんは飛び込んでゆかれました。」
「ロディと一緒に、か。」
礼を言い、ザックはなんとか滝へ近づこうとする。
ゼットはおそらくテレポートとしても使うジャンプでそこへ飛び込んだのだろう…おまけに、滝の音で話し声を聞こえなくしているかもしれない。
「んー、んー、そうだな、どうすっかな……。よし。」
ジャンパーブーツで手ごろな場所まで飛んでいき、そこからワイヤーフックを使って木の枝に移った。
そこまで来てしまえば、あとは普通に滝の裏へたどり着ける。
滝の裏は洞穴になっており、その奥からヒソヒソ話が聞こえてきた。
滝がうるさいので、話し声との距離をはかりながらソロソロと忍び足で歩いてゆく。
すると、不意にロディが声をあげる。
「ねぇ、もっと簡潔に話してくれないかな。
 さっきから余計な話ばっかりじゃないか!」
やっぱり、というかゼットに何か話せというのがムリなのかもしれない。 ザックはそう思った。
するとゼットはため息をつき、座り直しているのか、ザリザリと砂をこする音がする。
「…お前も、俺たちと同じなんだよな?
 エルゥが造ったとはいえ、もとは魔族の体を分析して造られたんだから、同じっちゃぁ同じだよな。」
「うん…………たぶん、そうだと思う。」
ロディも、自分が作られたホムンクルスだということぐらいしか聞かされていないし、エルゥ世界の書物にもさほど詳しいことが書き記してあるワケでもなかったため、曖昧な返事をする。
なんだよ、ロディの体の話か?とザックがつまらなそうな顔をした時。
「それで……やっぱり俺は、君たちのように、寿命がないの?」
ザックはぎょっとした。
確かに、魔族に寿命はない。 1000年前に生まれてきたゼットが24歳程度にしか見えないのが何よりの証拠だ。
ゼットは頭をバリバリ掻いて、「これは…あくまで俺の推測に過ぎないんだが」と切り出した。
「俺たちは、寿命がないんじゃねぇんだと思うんだ。」
「? 何それ。」
「俺たちは、体を入れ替えることができる。
 戦いで破損した部品(パーツ)を入れ替えることで、新たな肉体を得ることができる。
 つまり、お前らニンゲンの言い方で言えば、『生まれ変わってる』んだ。 セミの脱皮とも言うかな?
 …俺も何度か部品を入れ替えてきたが、100年以上使っている部品なんて、“記憶”以外ねぇんだ。」
ゼットの話を要約すれば、魔族は体の部品を使い古す前に取り替えてしまうため、肉体全体の老化という現象がなかったということらしい。
だから、寿命で死ぬということがなかったと、ゼットは言うのだ。
「俺たちは常に戦って、傷ついては部品を交換してた。
 それが、おそらく永遠ともいえる寿命の秘訣なんだろうな。
 …お前らみたいに、同じ肉体をいつまでも使っているのとはワケが違う。」
言って、ゼットはフンと鼻で笑った。
「あの城で読んだ本に『万物には必ず終わりがある、永遠なんてない。』って言葉があったんだがよ、
 アレって本当のことかもしれねぇなって気がしてきたんだ。」
「どうして?」
「…こないだからな、バックファイアを重ねるごとに、体がどんどん軋みやすくなってるんだ。」
ゼットのオリジナルパワー『重ね撃ち』は特殊で、強力な威力を発揮するが、時々それと同等のダメージがゼット自身に跳ね返ってくる。それがバックファイア。
時々、自分の体力の10倍ものダメージをくらうことがあり、ゼット自身異常がないのはおかしいとは思っていた。
「……ニンゲンはこういうのを『年だねぇ』とか言うんだろうな。」
「もう取り替えられないの? 体。」
ロディが不安げにゼットを見てくる。
「もう、魔族の施設はほとんど破壊されちまった。
 あるのは、カ・ディンギルの向こうにあるマルドゥークの……
 ジークのだんなが使っているものぐらいしかねぇだろう。
 換えられたとしても、材料がねぇ。 新たな体を生成する、ミスリルや鋼がな。」
「…………そういうこと。」
ロディは、ゼットの言葉に、自分の本当の質問の答えを見出したようだ。
つまり、ロディもゼットも、寿命があり、その日はそう遠くないということなのだ。
「……少年、お前はこれまで15年くらいは生きてこれたんだろう?
 だったらまだ頑丈な方じゃねぇか、体だって変な音とかしてねぇんだろ?」
「うん。」
「だったら並みのニンゲン…よりはちょっとくらい長生きできるんじゃねぇのかね。
 ひとりぼっちにならなくて済むじゃねぇか。」
「待ってよ、君は?
 ゼットはどうなるの?
 体がきしんでるって……?」
不安げな顔がさらに不安そうになってくる。
そんな顔を見ているだけで、ザックも胸が痛くなる。
ゼットは何も言わなかった。
言わなかっただけに、ザックにはその内なる声が聞こえた気がした。
(…バカ…………。)
ようやく、ザックの中ですべてがつながった気がした。
ゼットが医学書を読んでいたのは、人間の体の構造を理解するため。
そして、おそらくはその細胞組織一つ一つにも寿命が存在することを知り、今の結論を見出したのだろう。
同時に、自分の体も長くはもたないことも。
「……少年。 お前の疑問はこれで解決だ。 良かったねぇ、おめでとさん。」
言ってゼットがこちらに向かって歩き出す。(ザック、隠れられる場所探してます。)
「待ってゼット! あの…!」
ロディがゼットを呼び止める。
「俺のせい? …本当は知りたくなかったことなんじゃないの?」
――自分の寿命のことなんて――
ロディの言葉に、そんなセリフが続いたかもしれない。
しかしゼットは、ロディに背中を向け、滝に向かって喋る。
「勘違いしてないか? 少年。
 俺様は魔族だぜ。 そう簡単にくたばってたまるかよ。
 ジークのだんなを倒して、それでもまだ生きてられたら、
 俺ぁ自分の寿命をあと数年伸ばす方法を探すぜ?
 あの女に聞かせてやれるだけの土産話探すついでにな!」
「…数年?」
「俺がいなきゃぁ、あの女に悪いムシがたかってくるに決まってら!
 だから俺様が出張んなきゃダメなんよ!」
ゼットのセリフは、ザックがいつかエルミナに向かって言ってみせたセリフとどこか似ていた。
(こいつの青春は今ってか………)
「1000年生きてても、若いねぇ……って、おわぁ!!?
いきなりザックの足場が崩れた。
突然人の声がしたので、ゼットとロディは驚く。
空中に投げ出されかけたザックは、大慌てでワイヤーフックをどっかに投げる。
「ひっかかってくれぇーッ!」
ガキンッ!
どこかでいい音がして、ザックはガクンッと釣り下がる。
「助かった…」とつぶやき、ワイヤーを巻き取って上に上がると、ロディが「ゼット〜!」と泣いていた。
よくみれば、ザックのワイヤーフックはゼットの額に突き刺さっており、そのまま首に巻きついていたのだ……。
「…………わ、悪ぃ…」
「何やってんだよザックッ! 早くセシリア呼んでぇ!」
盗み聞きしたうんぬんよりも、ロディはぐったりしているゼットが優先的らしく、のぼってきたザックの手をガンガン踏む。
「イテイテ!イテテテイテェッて!!」
幸い、とりあえずゼットは死なずに済んだようである。

ザックはロディの頼みでマリエルの家にやってきた。
ロディはマリエルと話がしたい、と言い、みんなを花壇に待たせてマリエルの小屋の中へ入っていった。
ここでもザックは盗み聞き。(とがめるハンペンは花壇に埋めた。)
聞こえてくる声はほんとに微量で(マリエル自身声が小さい)聞き取れたのは「エルゥ界」「ミスリル」「ありますよ」。
これだけでも、ロディが何をもくろんでいるのかがわかった。
ロディはうれしそうに小屋を出て、ゼットに駆け寄っていった。
そこからは、ザックは盗み聞きしなかった。
しなくても、どんな話をしているのかがわかっているから。 そして、それが不安なものでないから、大丈夫なんだとわかっているから。

某攻略本に書いてあった魔族の解説を読んで思いつきました。
突発妄想でし。(汗)
イベント会場の下見&印刷した本の受け取りに行く寸前に思いついてんですから、
世の中わからんもんですよ。(笑)
ちなみに、コートセイムでグッズつかっても意味がありません。(笑)
なんとなく滝の裏って穴がありそうだったから。