ほんの、何気ない小さないじわるが

決して小さくはない傷を生み出してしまう

でもその傷は埋め様と思えば埋まるんだ

それは 俺の出方によって

成功するか否かが決まるんだ………

忘れられない小さな形見
〜後編〜

寒い夜だった。
「ちっくしょ〜、もう少しあったかい上着着て来れば良かったな………」
小さくぼやきながら、俺は宿の周りを歩いていた。
宿の中にはいなかった。
………アイツは、こんな寒い中を捜しているのだろうか。
「……バカなやつ。」
俺はそうつぶやいた。
いつまでも過去にすがりついていてどうする!?
後ろばかり見ていたら何も変わらない。 変えられないんだ!
前を見つめろよ……未来を見ろ。
そうする事が……………今のお前には一番大切な事なんだよ………!
リボンを投げたのは自分のクセに、
俺は、いつまでも昔の思い出にばかりすがりついているアイツに腹を立てた。
でも、そんなに腹を立てているなら、こうしてアイツを探したりしない。
やっぱり申し訳ないとは思ってるんだよ。少しはな。
だって、言ってみればさ、俺はあいつが心の拠り所にしてるのかもしれない数少ない思い出の品を………
よりにもよって水道の排水溝に捨てちまったんだぞ?
アイツの気持ちになって考えてみれば、やっぱりちょっとツライ事しちゃったかな〜とは思う。
………あぁもぉ! 俺らしくねぇなぁ!!
それにしてもどこ行ったんだアイツ!!!
そうだよアイツがいけないんだ。
アイツがさっさと見つからないから、こうして俺の胸の中でモヤモヤがどんどん溜まってきて、
うやぁ〜〜! クソッ! あぁムナクソ悪いッ!!! ホントどこ行ったんだあいつは!!!
俺が、そばにあるどぶ川を渡す橋の上に差し掛かった、その時だった。
パシャリ……
俺は、確かに下の方から水音を聞き取った。
最初は空耳かな?と思った。             ………………だが。
パチャンッ……
まただ。
俺はハッとして橋の真ん中まで走っていき、そのままどぶ川を覗き込んだ。
どぶ川の中央で、誰かが腰まではある深さの水に浸かっていた。
疲れているのか、少し体を前に屈めていて、温かそうな吐息が聞こえた。
チャプンッ……
水面がキラリと輝き、その人物のシルエットを綺麗に映し出した。
柔らかに揺れる長い髪、ツンと鋭さを感じさせる横顔、そして平たくて大きな手………
俺は思わず叫んだ。
「ディアス!!?」
するとそいつは顔をこちらに向けた。
やはりそれはディアスだった。
だが、どうもいつも見ているアイツとは一味違う気がした。
どぶに潜ったのか(?)、髪の毛はぐっしょりと濡れていて、綺麗な深緑の服も少しばかり黒ずんでいた。
彼の全身が濡れていて(このクソ寒いのに)、あいつは少し口元をカタカタとわななかせていた。
「ボーマン………? どうして……こんな場所に…………?」
「それはこっちのセリフだド阿呆。
 こんな夜中に何やってるんだ、もうとっくに11時過ぎてんぞ!」
俺が言うと、ディアスは素っ気無く、それも疲れた様子で
「先に帰っていれば良い。 俺はここに用があってここにいるんだ。」
と言って、再び水の中を手先で探り始めた。
「さっきのリボンか?」
俺が言うと、ディアスは立ち止まった。
そして、一瞬鋭い痛みを胸に受けた様なツラをしたかと思うと、フッと嘲笑じみた笑いを俺に向けて来た。
「宿にはなかったからな。
 もしかして、どこかに落としたのではないかと思って………」
「そんなに大事なのか?」
俺はディアスに問い掛けた。
「お前の妹さんはもう死んだ。
 死んだヤツはもう戻ってなんか来ない、その忘れ形見にしがみついたって、だ!!!
 戻ってくるはずのない人間にいつまでもすがりつくんじゃない!!!」
「確かにセシルは殺された!! だけど!!!」
俺が怒鳴ると、あいつは珍しく、俺に負けないくらいの大声で怒鳴った。
泣き叫んでいる様にも聞こえる、怒鳴り声で。
「だけど………俺があいつを忘れない限り………セシルは……ずっと俺の胸の内で生き続ける………!」
次には、丸っきり泣いてるんじゃないかと思える様な、震える声でそう言っていた。
その切実かつ切なくなる声に、俺はズグンッと胸をえぐられた気がした。
吐き気が喉元まで出かかった気もした。
背筋に悪寒も疾った。
こいつは、過去にすがってるワケじゃない。
殺したくなかったんだ。

自分の中に生き続ける、愛する妹を

俺がそんな結論を出した時、アイツは「でも…」なんて言って来た。
「お前の言う通りなのかもしれないな。
 いつまでも………昔ばかり気にしているから……………
 きっと、あいつもお前と同じ様に思っているから、あのリボンを………」
その時あいつの口元は笑っていた。
………でも、目は泣いていた。
見ているだけで哀しくなる様な、泣き笑い顔。
………やめろよ、見ているこっちが哀しくなる。
そう思うと、俺は何かに突き動かされる様にして上着を脱いだ。
そして、ドボンッとディアスのそばに飛び込んだ。
あいつは腰くらいまでの所に立っていたが、どうやら俺はすごく深い所に着水してしまったらしく、
ズボッ!と頭まで沈んでしまった。
「お、おい!?」
ディアスのそんな声が聞こえた。………気がした。
俺はどぶの汚い水をしこたま口に含んでしまい、思わずブゴバッと水の中で息を吐き出した。
しかし水の中ってのは面白いもんで、息を吐き出せば、まるっきり入れ違いに水が入り込んで来る。
堪り兼ねた俺は、ジタバタと両手両足を掻き掻き、なんとか水面にまで顔を出す!
「ぶはッはぁぁ!! あぁ〜しょっぺぇ!! ぶへッ!! マズ過ぎ。」
「の、飲んだのか…?」
「いや、さすがに飲んじゃいないが……」
「なんで飛び込んで来た! せっかく温まった体が冷めてしまうぞ。」
ほぉ? こいつが俺を気遣うとはな。
「あいにく、今回の件には俺の責任もあるんでね。」
「何?」
ディアスが、濡れた髪を掻き上げながら言って来た。
その仕草がまた切なげで、色っぽくて、……悔しくも愛惜しくて。
俺はただただ苦笑いしてみせる事だけしかできなかった。
「?」
「リボン………脱衣カゴから引っ張り出したの、俺なんだ。」
俺は、ぶっ飛ばされるのを覚悟で告発した。
やっぱ剣豪の腕力ってのはすげぇんだろうなぁ。
とか、そんなヤツのパンチってのは、やっぱ痛いんだろうなぁとか思ってた。
「そんでお前が浴場から出て来た時、驚いて水道に放り投げちまったんだ。
 そしたら、ピアスが重りになって、おそらくそこから排水溝に……………」
だが………予想と反して、ヤツはフッと笑っただけだった。
「なんだ………そうだったのか。」
「………俺を殴ろうとか……思わんのか?」
何だか呆気ない返事に、俺はオズオズと尋ねた。
よくよく考えてみれば、言わなければ気付かれなかったのかもしれないのに、だ。
「お前を殴ったところでリボンが出て来るワケでもあるまい。
 それに、こうしてここに来てくれたって事は、悪気があったってワケじゃないんだろう?」
…………大人だ。
なんて思った。
こいつ、ヘタしたら俺よりも大人なのかもしれない。
そして同時に思った。
俺は………なんて事しちまったんだろう…………
俺は自分の好奇心の旺盛さを呪った。
気になったら止まらない。 そんな性格が、今回の事を起こした。
「…すまん。」
気がついたら謝ってた。
謝ったってしょうがないってのに。
でも、あいつは「いいさ。」と言ってくれた。
「ディアス。」
「俺はこっちを捜してみる。」
そう言ってディアスは俺から離れて行った。
その背姿が……なんだか異様なまでに愛惜しく、切なく感じられた。
あぅ、ヤバイかも。
「ディアス………」
気がついたら俺はあいつを追っていた。
あいつは、体を屈めて……少し深い所にいるらしくって、俺でも十分あいつを抱え込める様な感じだった。
それをいい事に、俺は………………その淋しげな背中に胸を寄せていた。
脇の下から手を方に回して羽交い締めする様な感じで抱き寄せ、グッ……と強く腕に力を込めた。
「えッ…」というディアスの声を無視して、俺はひたすらアイツを抱き締めていた。
強く強く。まるっきり、愛惜し過ぎて逃がしたくない、みたいな。そんな感じだ。

愛惜し過ぎて逃がしたくない、みたいな。

「何のつもりだよ、ボーマン……」
「さぁね。」
俺はそのままアイツの背中に顔をうずめた。
しめっててどぶクサイ。
まぁ、それは俺も同じなのだが。
俺は、ずっとこのままでいたかった。
濡れて湿った服が、アイツのぬくもりをそのまま伝えてくれる。
だからか、なおさら愛惜しくなった。
「…ディアス……」
俺はかすれた声で、そうつぶやいた。
何度もその名を呼びたくなった。
前々から、男のクセに妙に色っぽいトコがあるなぁとは思ってた。
でも、その要因がわかりはしなかった。
だけど今ならわかる気がする。
彼の“色香”とも呼べる要因は………彼がその身から自然と醸し出している、“悲しみ”だったのだ。
悲しげな瞳、悲しげな背姿、悲しげに聞こえる無感情っぽい声。
そんな“悲しみ”の色香の虜にされた俺は、ディアスをひたすら抱き締めていた。
「なぁ……離してくれないか?」
ディアスがそう言っても、俺は離したくなかった。
例えそれが、あいつを苦しめる事になろうとも………
いや、苦しめる事があいつの顔を歪ませるのなら、俺はもっと………
はッ!!?
俺はそこで我に返り、バシャバシャとたたらを踏んでディアスから離れた。
一体俺は何をしていた!?
ディアスの方を見ると、アイツは驚いた様子で俺の方を見ていた。
そりゃ驚くだろうな。 今までひっついてた男が、いきなりバッと離れたんだから。
「いや………その…………………悪ぃ。」
俺はとっさに謝った。が、アイツはいつまでもキョトンとしていた。
まぁ、しょうがないんだけど。
と、その時。俺はフと靴底に何か違和感を感じた。
「なんだ?」と思って、息を止めてザボン!と潜って、足元にあるそれを掴んで引っ張り上げた。
すると、それは…………
「あ。」
「え? あぁ!?」
俺の手に握られていたのは、赤いリボンと、その中央に刺し込まれた2コの赤くて小さなピアスだった。

次の日、俺達はもう1泊する事になった。
というのも、俺とディアスが案の定湯冷めして風邪をひいちまったのだ。
2人共高い熱が出て、俺は咳が止まらないし、あいつは吐き気がおさまらない。
どちらも最悪の状態だった。
「ボーマンさんのせいですからね。
 ディアスが風邪ひいちゃって、しかももう1泊しなきゃならなくなったのわ。」
クロードは相変わらず冷めた口調でそう言う。(このやろ、後で覚えてろ!?)
するとアシュトンが、氷枕を持って来てくれた。
「おかみさんから氷枕借りて来たから、2人共、これしてゆっくり休んでなよ。」
イイコだねぇアシュトン。 クロードとは大違いだ。(笑)
アシュトンは俺とディアスの後頭部に氷枕を敷くと、クロードと共に部屋を出て行った。
後には、俺とディアスだけが取り残される。
「ッえほッ!! ごほッ!!!」
盛大にせき込み、俺は隣で眠るディアスに目を向けた。
隣っつっても、まぁベッドの距離は人が座れるくらい離れていたけどな。
夕べの事が頭にチラついて、(熱の所為もあるかもしれんが)顔が少し熱くなる。
その時、隣のベッドからディアスの「夕べは…」という声がした。
「あん?………ゲホッゴホッ!!!」
俺がせき込み混じりに問うと、ディアスはこっちに背を向けたまま言った。
「夕べは………ありがとう。
 おかげで、リボンもピアスも見つかって………本当に感謝する。」
「そんな。 元はといえば俺が悪いんだし。礼なんざいらねぇよ。」
と、言ったつもりだったが、果してどれだけ伝わったかなぁ。
何せ今の会話の中でも、俺20回近くはせき込んだからなぁ。
するとディアスはこちらを向き、手招きした。
「あん?」
「お前にとっては礼など要らないかもしれんが……俺はお前に礼がしたいんだよ。」
「……じゃあ。」
お礼と言われて、俺はフッと立ち上がってディアスのベッドに乗った。
「え?」
「え? じゃなくて。」
俺はそう言って、熱でロクすっぽ動けないでいるヤツの唇を奪った。
夕べからモヤモヤしていた感情が、一気に膨らんで、弾けて、俺の理性のタガを吹っ飛ばした。
その生暖かい口の中に舌を滑り込ませると、発汗した人間独特の熱を感じた。
いいや、今こいつは熱をだしているから、もっと詳しく言おう。
口の中は、とろけそうなくらいに熱くて。
それでいてすごく気持ち良くて。
もう、それだけでも十分だった。
しかし、俺の欲はそれだけではおさまらなかった。
なぜかあいつのパジャマの胸元のボタンを手早く外してその胸を曝け出していた。
そこから俺はピタリと手の平をヤツの開いた下腹から滑り込ませ……そして、やつの首筋に跡を残した。
「お前は胸の中で妹を生かし続けている。」
俺はディアスにそうささいやいた。
「……できれば俺の事も、その広き胸にとどめておいてくれ………」


即席だけにオチがはちゃめちゃです。
一応テーマとしては、『思い出は心の中に』ってのがあったらしいんですが、
オチ描く時、眠くて眠くて居眠りしてたらしいため、ものすごく中途ハンパかも。
でもこれはこれで、痛いな〜と思いながらも、結構イイってお声いただくので、残してあります。