冷たい海に沈めて
Cool Blue "Now Die..."

ラクールの近くには浜辺がある。
その浜辺というのは、魔物さえもまどろんでしまう様な非常に穏やかな気候で、しかも水温もさほど冷たくないという、 ちょっとしたバカンス(?)を楽しむには十分過ぎるフィールドだった。
そこを見逃して通り過ぎてしまうほど、ボーマンもお堅い人間ではなかった。
「なぁなぁセリーヌちゃん、レナちゃん、オペラぁ! ちょいとここらで休憩といきませんかね。」
「いきなり何ですの?」
「この海辺を見て何とも思わないワケ?
 ここんとこずっと連続的な戦闘ばっかじゃんかぁ。 たまには羽根を伸ばそうぜよ。」
「よーするにアンタは水遊びがしたいわけ? いい年して!」
オペラがバカにした様子で髪の毛を掻き上げると、ボーマンは両手を合わせて、そして片足を軽く上げて「まっさかぁ」と声を高くした。
「俺は、海辺の天使、つまりは君達を見たいだけよ。
 海辺で楽しげにはしゃぐ君達を!」
「何やら下心が見えるわねぇ。 レナ、男のこういう顔には気をつけなさい。」
オペラが言うと、クロードは海を見てふーんと溜息をつく様な声をあげた。
「でも…本当に良い気候だね。 水に入らなくても、このまま潮風に当たってるだけでも気持ちが良いや。」
「ホント……ちょっとだけこの辺りでのんびりするくらいなら良いんじゃない?」
そう言ったのはレナ。
「悪くはないな…どうだ、心の静養のためにも、しばらく自由行動というのは。」
エルネストが言うと、ディアスは刀を胸元に抱いてその場に座り込んだ。
「ならばここに集合という事でしばらく歩いて来ると良い。 俺は寝る。」
「え〜? 海とか見ないのかよ。」
クロードが言うが、ディアスはそのまますっと目を閉じてしまう。
「こんな日の高い時間から眠ってしまうなんてどうかしてますわよ。」
「放っておけ、普段戦闘でもあまり動かないお前と違って、多少は疲れているんだよ。」
「なんですってぇ!!?」
セリーヌが金切り声をあげると、ボーマンがそのどさくさに紛れて軽くお尻をなでる。
「まぁまぁセリーヌちゃん、こういうアホはほっといて」
べきしょっ。
「あぁもう、あっちには朴念仁、こっちにはセクハラ! ロクなパーティじゃありませんわっ!!!」
ボーマンを砂に埋め、セリーヌは一人ズカズカと砂浜を歩き始めた。
「あ、セリーヌさん!」
レナがその後を追い、クロードが当然のごとくそれについて行く。
するとボーマンがざばりと起き上がり、
「あぁ、目の保養チャンスが!」
とワケのわからぬ事を言って、1テンポ遅れてセリーヌ達の後を追う。
それを見て、オペラは溜息をつく。
「やれやれだわ……これじゃぁせっかくの自由行動がタイマンになっちゃう。
 行くわよエル!」
言ってオペラは走り出すが、エルネストは走り出そうとしてその足を止めた。
まるで、オペラが逃走防止用にしかけてくるフォトンプリズンにひっかかった時の様に(!!!)、足が前に進もうとはしなかった。
後ろ髪を引かれる様にして、エルネストは気になるポイントを振り返った。
その先には、目を閉じていながらも、辺りに殺気を放ち続けている様に、ふわりふわりと髪をなびかせているディアスがいる。
「お前は行かないのか。」
目を閉じたまま、ディアスがそう言って目を開け、エルネストに顔を向けた。
「お前こそ、皆と行かないのか?」
「俺がそんな事に付き合うほどお人良しとでも?」
ディアスがそう言うと、エルネストは当然のごとくその隣に、ひざを抱えて座り込んだ。
潮風が、二人の長い髪を揺らして頬を、耳元をくすぐる。
ディアスは何も話そうとしない。 なので、エルネストは彼に聞かせてやれる話を考えていた。
「こういう海は、あんまり見たくないんだ。」
しかし予想外なことに、ディアスが喋り出した。
「こういう?」
「透き通って、底が見える様な冴えた海は好きじゃない。 見たく、ないんだ。」
言葉がなんだかうわずっている。 なにかワケありか? それとも単に不機嫌なだけ?
何にせよ、その思わせぶりな態度がエルネストと探求心をくすぐらせた。
「なぜ?」
「は?」
「なにゆえ見たくないんだ?」
「なにゆえ…って、見たくないもんは見たくないんだよ。」
「普通、ここまで透き通った海は、逆に見たくなってしまうものだと思うんだが?」
「ウミナメクジとかいたら見る気なんて失せるぞ。」
「ウミナメクジって何だ。」
「やたらデカくて、手触りはヌメヌメしていて、女には何かと嫌われる海の生物だ。」
(ウミウシ…いや、ナマコみたいなものか…?)
エルネストが頭をひねって想像していると、ハタと我に返り、「話をはぐらかすなっ」とちょっと怒る。
「はぐらかしてなんかいないぞ。」
「いや、お前は今明らかに話し難い本題から話を反らしていた。
 これをはぐらかすといわずに何と言う?」
ディアスは呆れた様子で首を振った。
「お前は子供か……?
 知りたい事があればとことん追求するというのは悪くはないが、何がなんでも追求するというのはどうかと思うぞ。」
「それだけ君に興味があるという事だよ。」
エルネストが言うと、ディアスは紅くなってそっぽを向いた。
「そういう事だけ短く言うな。」
「知りたいんだ、すごく。 本当に知りたい。」
こうなっては何を言っても、どんな言い逃れや言い訳をしても通じはしない。
それを理解していたからこそ、ディアスは溜息混じりに話し始めた。
「…えぇっと…4ヶ月くらい前かな。 10日くらい一緒にいた、暗殺組織の追っ手を殺したんだよ。」
「暗殺組織? それに追っ手と10日も一緒にいたのか?」
「正確には、追っ手と知らずに、そいつと10日ほど過ごしていたんだがな。」
言ってディアスはエルネストをチラリと横目で見て念押しした。
「………お前が期待している様なロマンじゃないぞ。」
「俺はお前のどんな事でも知りたいんだ。」
エルネストは優しく微笑んでそう言った。
ディアス精一杯の念押しも軽く流されてしまったため、ディアスは再び溜息をついて話し始めた。

それは、ソーサリーグローブが落下する1ヶ月ほど前。
その日は生憎の雨だった。
重くなったマントで気休め程度ながらも雨をしのぎ、ディアスはどうにかサルバの街に駆け込んだ。
その日彼はサルバ近辺に身を潜める野盗のアジトをつぶし、その首領の首を持って帰って来たところだったのだ。
しかしその首領、とんでもないくらいに頭でっかちで、さすがのディアスも、布に包んだその首を運ぶのに四苦八苦していた。
おまけにこの雨。 布が濡れてジャバジャバと音をたてて、首領の血を溶かして紅い水を垂れ流させる。 あまり良い眺めではない。
この首を役所へ持って行き、任務完了の通達をしないとこの仕事は終わらない。 だからこそディアスは急いでいた。
ひとまず、街の酒場の屋根のしたで雨宿りをして一息つく事にした。
その隣に来たのがサルサであった。
容姿はディアスと全てが対照的だ。
ディアスと闇夜を静かにひっそりと輝く月と例えるなら、サルサは自ら強く輝きを発する太陽。
その髪はディアスの蒼とは対照的な紅蓮色。 瞳はそれに似合ったエクスペルでは良く見る緑色。
おまけに服装はディアスの重たい衣装とは真逆の動きやすさを重視した超がつくほどの薄着。
腰には、シャレているつもりなのか、何か動物のしっぽを象ったアクセサリーが長くブラ下がっている。
サルサが頭を布でバサバサと乱雑に拭きながら後退って来たので、二人はどんと腰をぶつけ合う事でお互いの存在を確認し合う。
もっとも、ディアスは気配で誰かそばにいるな、くらいはわかっていた様だが。
二人は、ぬれねずみになっているお互いの姿を上から下までじ〜っと見詰め合った。
もっとも、サルサの方が背が低かったため、長身のディアスのてっぺんまでは見れなかった様だが。
「ヒドイ雨だね。」
先に声をかけたのはサルサだった。
「…そうだな。」
なぜかディアスは自然と返事をしていた。 普段なら、返事もしないのに。
「どちらから?」
一度布を絞り、また髪を拭きながらサルサはディアスに尋ねる。
「………野盗のアジトから。」
「へ? 野盗なのアンタ?」
「…俺がつぶした野盗のアジトから。 野盗の壊滅を依頼されたんだよ。」
「はぁ〜、今時大した儲けにもなんねぇ事するんだねぇアンタ。
 野盗潰しほどカネになんねー仕事はないぜ? あ、でも野盗が持ってるお宝そっくりいただけば良いかぁ。
 …………にしては何も持ってねぇみたいだな、アンタ手ぶら?」
サルサの問いかけに、ディアスは無言でいた。
野盗潰しは彼のシュミみたいなものだった。 といっても、楽しむためのシュミではない。
“しらみつぶし”と言えば良いか。 彼は、全ての野盗のアジトをつぶし、そこにいた野盗を皆殺しにする事で、自分の家族の仇とも巡り会える。そう考えていたのだ。
始めは「何がなんでもやってやる」といった様子で燃えていたのだが、今となってはそれが日常生活だと言わんばかりに、ただ闇雲にこなしている。
無言のままでいるディアスに、サルサは「おいおい無視かよ〜」と呆れた声を出す。
「そういうお前はどこから来た。」
「んー、俺? まぁちょっと野暮用でね、ある男を追って、ラクールから遥々渡って来たのさ。」
サルサはそのままディアスの反応を待ってみたが、ディアスは「早くやまないかなー」といった様子で空を見上げていた。
「何かリアクションはないのかよ?」
「そんなものがいちいち必要なのか?」
「会話のキャッチボールってもんができねぇだろうが。」
「俺はお前と会話したいと思っているワケではない。」
「なんっかムカつくなぁオッサン。」
「誰がだガキ。」
言って、ディアスは体力が少々回復したので、一気に駆け出した。
「あ、ちょっと!」
サルサは声をかけるが、ディアスは振り返ろうともせぬまま、一気に町長の屋敷へと走っていった。

「やれやれ、こんなズブ濡れになって。 一晩泊まっていかぬかね。 その方がアレンも喜ぶ。」
サルバの町長は、笑顔で裏口から現れたディアスを歓迎した。
「いや……まだ知人と顔を合わせたくはないんです。」
「そうか……では、やはり今日君が来た事も…」
「えぇ、内密にお願いします。」
「残念だ……その内、私にも会いに来てくれなくなってしまうのかね?」
町長が言うと、ディアスは報酬を手にして町長に背を向けた。
「サルバ近辺の管轄はあなたが仕切っている。
 あなたが町長である限り、俺は仕事の完了を報告する為にあなたと会わなければならない。」
それだけ言って、ディアスは再び雨の中を走り出した。

ペンギン亭へ駆け込む頃には、土砂降りの雨が野盗達の血が完全に荒い流れていた。
「おや、ディアスさんかね。 今日は真っ赤じゃないみたいだねぇ。」
でも笑顔でイヤミを言われた。(汗) 以前、本当に血塗れでズカズカ入って来て、客を怖がらせて強制退場をくらった事があったのだ。
「雨が降っているからな……なんとか洗い流れてくれたみたいだ。 …あ、部屋は?」
「生憎この雨だからね、どこも満室なんだよ。」
「そうか……」
「でもねディアスさん、あんた運が良いよ。
 偶然にも、あんたの相部屋を希望してるお客がいるんだよ。」
「何…?」
ディアスはここのところ一人で行動している。 誰かと待ち合わせた記憶もないし、それほど親しい人間がいるワケでもない。  いたとしても、決裂して殺し合ったりした記憶しか(オイ)
「階段上がって左奥の部屋だから。すぐわかると思うよ。」
イワトビに言われてステステと階段を上がり、左の奥にある個室をノックした。
すると中からは聞き覚えのある声で「あぃ?」という返事がした。
「ディアス=フラックだが。 俺の相部屋を希望しているというのはお前か?」
「あぁ来たんだ。」
声はドアの前にいたらしく、すぐにでもドアを開ける。
中からは、にーっと歯を剥き出しにしたサルサが「よっ」と顔を出して来る。
それを見た瞬間、ディアスはスタスタスタスタッと階段に向かって歩いて行ってしまう。
「だぁこらっ、ちょい待ておぉぉーい!!」
慌ててサルサが追い掛け、素早くディアスの前に回り込み、「ほっ!!!」とみぞおちに一発ブチ込んで、ちょっと傾いたディアスの体を抱えてどたばたどたっ!!と部屋に引っ込んでいく。
「…ぐ……腕力だけはあるみたいだな…」
部屋の中で、そしてサルサの背中でディアスが呻いた。
「ガキだと思って見縊んなよ? オッ・サン!」
「俺はお前と相部屋になるつもりなんてない。」
ディアスがサルサを睨んできっぱり言うと、サルサがエラそうな顔をしてみせ、
「満室のお部屋をちょっとだけ恵んでやるって言ってんだ。
 こんなおありがたい話を、あんたは蹴るって言うのかい?」
「なんで見ず知らずのガキと相部屋しなくちゃならん。」
「見ず知らずってワケでもないだろー? さっき会ったじゃんか。」
「会っただけだろうが。」
「ちゃんと会話もしたよ。 キャッチボールは成立してなかったけどね。」
「それだけで貴様と相部屋か?」
「なんだよ〜、不満かぁ?」
サルサがガキらしくむっとふくれると、ディアスはフンと嘲笑しながら起き上がる。
「とにかく、俺は出ていくぞ。 宿に泊まらなくても、軒下とかで寝られるし。」
「だぁっ!!と、待てぇ!!!」
っびりりっ!!!
「え。」
「あぁあっ!!?」
サルサが強く引っ張った所為もあってか、野盗達の攻撃をある程度防いでボロくなってたディアスのマントが、音を立てて、真っ二つに破れてしまった。
「あ〜〜ら〜〜ら〜〜〜………?」
「………こんなんじゃ雨もしのげないぞ。」
ディアスは、えり巻きみたいなマントを手に乗せて言った。
「ごッ……ごめんちゃい……」
「ごめんで済むと思ってんのか。 チッ…」
「あー、いーこと思い付いたっ!!!」
ディアスが舌打ちすると、サルサが思い付いた様に叫ぶ。
「なんだ。」
「あのさ、あのさ、マントの御詫びも兼ねてさ、やっぱここに泊まってかない?」
「だから、俺は見ず知らずの人間と相部屋なんか…」
「泊まるだけとは言わないからさ!!」

………………。
ディアスは一瞬「今こいつ何言った?」と固まった。
しかしサルサはじーっとディアスを見上げ続けて、返事を待っている様だ。
「………何だって?」
ディアスは念の為聞き返してみた。
「だからぁ、もちろんマントも弁償するけど、それだけじゃアンタ怒るだろうしぃ……
 一夜だけ、アンタとお付き合いしてあげても良いよと。」
ごす。
ディアスのかかとがサルサのこめかみに鈍い音を響かせる。
「いってぇな!」
「盛るなら相手を間違えたな、俺にその気はない。」
「誰が盛ってんだクラァッ! あんたにそっちの気があるのかと思ったんだよ!
 なんか………あんた、やたらとキレイな顔してるし!」
「顔がキレイだったらそっちなのかよ。」
「歴戦の男ってのぁな、大体たまったモンを手近なもんで済ますもんなんだよ!
 あんたの場合、それを請け負ってたって感じがしたんだよ。」
ハズレじゃぁない。 というかむしろ大ピンポンだったりする。(笑)
ドコソコの重役の護衛といった傭兵稼業というのは、色々な傭兵が集まるもので……任務に緊迫した日数を要すればするほど、荒くれに近い傭兵達の溜まるものは溜まっていく。
ディアスは女どころか、全てのものに興味というものがなくなってしまっていたため、どうって事はなかった。
その為、溜まって猛った他の同業者の良いオモチャにされていたのである。
しかしそれを表情に出すほどディアスもゆるくはない。
「キレイな顔っつったのはホメてやったんだよ。 お世辞抜きにすっげぇ美人さんだからさ。」
「何にせよ、俺は相部屋なんてゴメンだからな。」
ディアスが更につっぱね様とした時。
ばべりぃぃっ!!!
ディアスの下の方からハデな音がして、ぐいっと引っ張る抵抗感と、それから突如解放される振動を感じた。
ディアスは真っ白になる。
「………お前、何した。」
「……悪い、ズボンひっぺがすつもりが……………し、下着も…やっちまったみたい。」
しゃぁきぃぃーん☆
ディアスが殺気を立ち昇らせながら刀を引き抜く。
もちろんその白い刃を見たサルサは縮み上がってズボン放り投げて両手をぶんぶか振る。
「ちょ、ちょいタンマッ、待ってよ!! まさかここまでボロいとは思わなくてぇぇ!!」
「どーしてくれるんだ貴様……俺にこの格好で外を歩けと!!?」
マントがあればまだそれで隠せたかもしれない。
しかし今の彼はズボンも下着もとてもはけるものじゃぁない。
このままでは、巻きスカートの様な上着にギリギリ隠して歩かなければならない。
…が、そんな変態紛いの事なぞ、ディアスにできるはずもなかった。
「あ、あ、じゃぁこうしようよ! 俺があんたの衣装全部弁償する!」
「店が開いてるとでも思っているのか!!? 今何時だと思っているんだ!」
「だからこそ、ここに泊まって朝まで待てば良いんだよ!」
「個室だぞここは! 2人で眠れるかぁ!!! ましてや貴様となぞ、絶対に寝るかぁっ!!!」
ディアスは完全に怒っていた。 声も自然と怒鳴り声になっている。
どうにもディアスの怒りをおさめられないとわかったサルサはハァ…と溜息をつき、風呂場を指差した。
「わかったよ……じゃぁそっち風呂だから、ゆっくりしてなよ。 俺は床で寝るからさ。」
そう言って、サルサは破ったディアスのマントを羽織って床に寝転がった。
背中を向けて眠るサルサであったが、その背姿がなんとも寂しげだったもんだから、ディアスはどうしたもんかな…と逆に心配になって来てしまった。
ひとまず、濡れて冷えたこの体を温めようと、ディアスは風呂に入る事にした。

程好く温まり、身体も少し桜色に染まっている。
濡れた体をざっと荒く拭き、まだ手のついていないバスローブをまとう。
(あいつ、風呂に入ってなかったのか?)
「おい。」
ディアスはサルサを呼んだ。
サルサは先ほどと同じ格好で寝転がっている。
「風呂に入ればどうだ? 風邪…ひくぞ。」
「心配してくれてるんだな。 大丈夫だよ、とっくに入ったから。」
眠っていなかったのか、サルサはあっさりと返事をした。
しかし声にさきほどまでキンキンあげていたチカラがなく、どことなく寂しげであった。
たまったもんじゃないので、ディアスは頭を掻いてサルサをひょいっと抱き上げる。
「ん? え? おぉおお!!?」
「うるさい。」
一言そう言って、ディアスはサルサを抱えたままベッドにこしかけた。
スプリングが「もう限界ッス〜!」とばかりにぎぃぃと軋み、シーツがめり込んで沈む。
「どっちがどっちをなだめているのかわからんなぁこれでは。」
「へ?」
言って、ディアスはサルサのおでこに軽く触れるだけのキスをしてやった。
「これで良いか? 全く。」
ディアスが言うと、サルサはあははと照れ笑いをした。
「いや〜、やっぱ衣装の弁償だけじゃ、なんか罪悪感キツくってさ。」
「衣装と宿代だけで良い。 さっきは言い過ぎた。 …まだ怒ってるけどな。」
「ごめんってばぁぁ〜…!」
「フン、まぁいいさ。 寒いだろ。 ベッドにくらい入っておけ。」
言ってディアスはサルサをベッドに潜り込ませ、自分は後からもぞりと入った。
「…ちょっと狭いか。」
「くっつけば落ちないよ。」
言ってサルサはディアスの胸に額を押し付けた。
「………? 何もそんなくっつかなくても。」
「迷惑か?」
言ってサルサが顔を上げる。
「いや、迷惑というか」
「ヒトメボレっつったら変かな。 俺、アンタのそばにいたいんだよ。」
サルサは必死な様子でそう言った。
「雨宿りの時、あんたを見た時から、もう、アンタしか目に入ってない。
 宿の相部屋希望したのだって、その所為だし、もともとあんたに抱かれるつもりでいたし、
 ………色んな覚悟してた。」
「…言っただろう。 盛るなら相手を間違えたな、と。」
「それはさっきも聞いたよ。 でも、そばにいるくらいは良いだろ?」
言って、サルサはディアスにしがみついた。
「俺、サルサ。 明日服買いに行くよ。 サイズ…教えろよな。」