冷たい海に沈めて
Cool Blue "Now Die..."

サルサはディアスがサルバを出ても、その後をついて来た。
ディアスも、始めは無視してわざと距離を置いてみせたりもしたのだが、ふと視線を送ればもうそばにいるという具合に、なかなか素早いヤツで。
その素早さとしつこさに、いつの間にかディアスはサルサをそばに置く様になった。
それが7日目だった。
8日目からはディアスも、無表情ではあるものの、多少サルサと会話を交わす様になっていた。
そして10日目の朝。 サルサが目覚めた時…サルサはその甘い生活との別れを告げられる事になる。

「おっはよー、ディアス! 良い天気だぜぇ? 今日は!」
仕事でもないのに早くに起こされたディアスが不機嫌そうに目覚めると、そこにはサルサの眩しいくらいの笑顔がアップに出て来た。
もちろん、ディアスは不機嫌任せにどっかーんとぶっ飛ばす!
「ぶがぁ!!? 何すんだいきなりっ!!!」
「いきなりはこちらのセリフだ。 妙な時間に起こしやがって。 今何時だと思っている!?」
「7時過ぎ。」
「仕事でもない日は10時起きだって言ったろうが……」
言って、ディアスはすぐにでも寝直そうとしたが、サルサは宿のベッドごとディアスをひっくり返す。
どっかぁん!!!というどハデな音がして、ディアスはベッドの下敷きになる。
「勿体無いよぉ、こんな良い天気だってのにさぁ!
 ね、どっか歩こうよ。 デートだデート!」
「眠いっ。」
ディアスが頭をボサボサにした状態で言うと、サルサはそのパジャマをひっぺがし、彼の服を素早く着せる。
「時間がないんだよぉ。 ね、行こうよデートぉ。」
なんでかデートという事になってしまっているが、ディアスはあえて気にしない事にした。
サルサに押し出される様にしてクリクの宿から出て来た際、ディアスは溜息混じりにサルサを見た。
「一体何をするつもりなんだ。」
「クリクの中だけでも構わないからさ、とりあえず……色々と店を回ってみようよ。ね?」
言って、サルサはまずディアスをレストランへと連れて行った。
「朝飯を豪華なレストランで。 良いじゃんこういうの!」
「俺は水だけで良い……」
「えー!なんで!」
気だるそうに言うディアスに対してサルサが大ブーイング。 しかしディアスは「あのなぁ…」と不機嫌そうにサルサを睨む。
「こんな朝早くからじゃ何も食べる気がしないんだよ。
 かといって、コーヒーや酒は呑めないしな。」
「でもでも、デートで水だけってなんか、えぇ〜…?」
サルサがかなりガックリ来た様子を見せたので、ディアスは仕方なしに、ツナサラダのかつおぶし和えを頼んだ。
野菜くらいならなんとか入るだろう、そう思った様だが、ツナサラダにはたっぷりとごま油がかけてあった為、やはり食べられなかった…
サルサは卵サンドとミルクを頼み、朝食らしい朝食を食べた。
腹を満たし、サルサは外に出て、今度は港を見に行こうと言い出した。
レストランから港までは結構離れているのだが、それでもディアスはサルサに黙ってついて行った。
…途中でサルサが船長達を前に「海辺でキスなんてどう?」と言い出したのは、さすがに断ったが。
続いてそこから占い屋に入って、サルサは二人の今後を占ってくれと頼んだ。
すると占い師は、不吉にも「真っ黒じゃ。」とだけ言って、サルサを睨んだ。
もちろんサルサは憤慨した様子で、「行こうぜ、ディアス!」とディアスを引っ張ってズカズカ出て行ってしまった。
それからちょっと歩き、ようやく食べる気が出て来たディアスに、サルサはクレープを食べさせた。
始めディアスは「甘いものはちょっと…」としぶっていたのだが、あまりにサルサが人懐っこく「食べて食べて」とせがむので、吐き気をガマンして、半ば飲み込む様にして食べた。
おかげでちょっと胸焼けを起こし、ディアスは顔色を悪くした。
半ばサルサが強引にディアスを連れまわしているとしか言いようがない部分も見受けられたが、ディアスはただ黙って(多少の文句は言うが)ついて行くだけだった。
まるで、サルサの考えている事を見透かしているかのごとく。

最後に二人はクリクの近くにある浜辺にやって来た。
その海を見て、サルサは「キレイだよな〜」とウットリした様子で言った。
日は高く上り、歩く二人の影は正午を表す様に小さくなっていた。
「こんなに透き通ってる海ってね、ラクールとクリクとラスガス山脈の砂漠地帯しかないんだぜ。
 エル大陸の海は、鉱山から流れ出す成分の所為で、ちょっと黒く濁ってるんだってさ。」
「……………。」
「俺、こういう海、好きだ。」
「ならば、少し歩くか。」
言って、ディアスはサルサと共に歩き出した。
砂浜に、白く泡立った白波が押し寄せ、後から来た蒼い海水がそれを砂ごとさらっていく。
足元を、小さなヤドカリがカサカサと忙しく通り過ぎていく。
さざなみの音が心地良く胸にエコーをかける。
「…………ごめんな、ディアス。」
しばらく歩いていると、サルサが急に足を止めて謝って来た。
もちろん何に対しての謝罪なのか、ディアスには皆目見当もつかないため、彼はキョトンとしてサルサに視線を投げかける。
「どうしたサルサ。」
「もう…おしまい。 デートも、今までの生活とも、お別れなんだ。」
彼は寂しそうに、そしてとても残念そうにそう言った。
「もう、時間がないんだ。 だから……今日、デートに連れて来てもらったんだ。」
言ってサルサはくっと歯噛みした。
「…………やはり追っ手か。」
その様子を見たディアスがサルサにそう言った。
「…知ってたのか。」
「お前が宿で相部屋を名乗り出た時だ。
 なんで見ず知らずのお前が俺の名前を知っているんだ? 雨宿りの時、俺は名乗らなかったはずだ。」
「すごいね、それだけで見抜いちゃうなんて。」
「まだある。 もう1つは今日のデートだ。
 お前は俺が好きだと言っていた。 そしてお前は“時間がない”と何度も言っていた。
 …今の生活の時間がない、そういう意味なんだろう?」
ディアスが言うと、サルサは湾曲したツインソードを手にして構える。
「心を読む目でも持ってるみたいだね。 もっとも、あんたの目は全てを見透かす様な不思議な光を宿してるけどね。」
軽くリズムでも刻むかの様に、彼は身体を小さく前後させる。
そのリズムが彼の間合いを告げ、ディアスは瞬時に彼を殺す方法を、そして自分が動く軌道を頭の中で弾き出す。
だがそれは、サルサの動きを、ある程度共にして来た生活の中から割り出して得た結論なので、実際彼が殺意を持って動いた場合は、未知数である。
「全てを見通す…か、強ち間違いではないかもしれんな。」
ディアスはフフンと笑ってマントを少し広げてはためかせた。
「だが、安心しろ。 俺はそんな妖術じみた事はできない。」
「どうかな。 あんたは色々と謎めいた人間だって報告を受けてるんだよ。」
言ってサルサは素早く走り出した。
その速度はディアスの想像していた通りで、彼は小刻みに足を動かしてあっと言う間にディアスに接近して来る。
「遅いぜ!!」
言って、サルサは突然かかとを使って急ブレーキをかけ、そのまま身を沈めて反対側へと苦無を投げ付ける。
するとその先でキィンという音をたて、ディアスが刀で苦無を弾く姿が現れ、すぐにファフュンッと掻き消える。
サルサは、わざとディアスが残した残像に向かって行ったのだ。
(なるほど、感性も良く、騙まし討ちが得意なのか。)
ディアスは、素早く動き回りながらサルサの目の動きを見た。
確実に自分の姿を捉え、いつでも飛び出せる様、構えをとったまま目で追っている。
(かましてみるか…!)
ディアスはテンポを変え、わざと姿を現したり消したりして、サルサの目の撹乱を狙った。
しかし消えているディアスをも、サルサはきっちり目で追っている。
おそらく、並みの人間にはディアスが消えたり現れたりしている様にしか見えなくとも、サルサにはディアスが速度を上げたり緩めたりしているだけにしか見えないのだろう。
ディアスは、しばらくそうやって無駄な撹乱攻撃を装っていたが、突然完全に姿を消した。
「!?」
これにはサルサも驚き、素早く目を動かしてディアスを追うが、気配で彼の動きを探った時、彼が自分の真上にいる事に気付いた。
撹乱攻撃をしている中で、彼は一気にトップスピードまで加速して、サルサの真上に飛び上がったのだ。
そこから、全体重をかけたうえに、超スピードによる勢いも加えた、強烈な唐竹攻撃をくらわす。
サルサは反射的に真横へ転がり込んでそれをかわすが、ディアスは着地と同時に地を蹴り、サルサの太腿を深く斬り裂く。
「!!!」
(ここだ!)
サルサが怯んだスキをつき、ディアスは刀に瘴気をまとわせた。
刀は蒼く鋭い炎を燃え上がらせ、唸りを上げてそこら中に恐怖や憎悪といった念をバラまく。
それこそが瘴気であり、それをまとわせた一撃こそが、
ケイオスソードッッ!!!
左肩から、右の腰にかけてをざっくりと、瘴気を孕んだ刀で斬り裂いた。
サルサの小さなカラダはびくんと大きく仰け反り、そのまま勢いに乗って落下し、しばし地面を滑って止まった。
着地したサルサは、しばらくの間びくびくと身体をケイレンさせていた。
死に逝く者の、最後の身動ぎ。 それは、死者が“死”への最後の抵抗するものだとも言われている。
そのケイレンがおさまったのを確認して、ディアスはサルサのそばへ歩み寄る。
「なぁ、ディアス。」
ところがサルサは、目を閉じたまま、何事もなかったかのごとく喋った。
胸の傷は、瘴気の毒気に冒されて蒼紫色に変色し、そこからはおびただしい量の、赤黒い血がどくどくと流れ出し、地面に血溜まりを作り出していた。
生きているはずがない、なぜ喋れるんだ。
これにはさすがのディアスも目を見開き、1歩後退って驚いた。
「…今日は、ホントにいっぱいワガママ言って来たけどさ、…最期に1コだけ、聞いて欲しいワガママがあるんだ。
 ……聞いてくれるかな。」
「なん……だ。」
ディアスが言うと、サルサはフフフッと笑って目じりから一筋の涙をこぼした。
「俺を………海に、沈めてくれないか。
 冷たい、クリクの…きれい〜な海にさ。」
「………良いだろう。」
言って、ディアスはサルサの身体を抱き上げ、歩き始めた。
するとサルサは「あったかい…」と静かに微笑んで、ディアスの腕に顔を押し付けた。
「嬉しいね…最期とは言え、あんたに抱き締められるんだから。」
「何をバカな。」
「バカじゃ…ないよ。 俺……ホントに………真剣…………」
サルサが言ったのはそこまでだった。

クリクで小船を見つけ、サルサを布に包んで隠し、独りで沖まで出て来たディアスは、胸元で手を丁寧に組ませていたサルサの遺体をそっと抱き上げた。
小さなボートの様な木製の小船は、それだけでもグラリと傾き、ディアスは足を取られそうになるが、なんとか踏み止まり、 サルサの遺体を海面スレスレまで降ろし、そこからそっと手を離した。
死後硬直で完全に固まっていたサルサの遺体は、そのままの形で沈んでいった。
その時、海底すら見える様な透き通る海は、サルサの遺体をいつまでもいつまでも、かすむ事無く映し出していた。
海の色で蒼く冷めた色に変色して見えるサルサの遺体から、ディアスはしばらく目を離すことができなかった。
サルサの身体が、完全に見えなくなってしまうまで。





「そいつが言った事だ。
 俺は土葬にするつもりでいたんだが。」
「それで、そいつは…どこに?」
エルネストが訊ねると、ディアスは首を横に振った。
「さぁ? 俺には皆目見当もつかんよ。
 ひょっとしたら、海底を泳ぐ魚のエサになってしまったかもしれない。」
「おいおい………」
エルネストが「悪い冗談はよせ」と笑いかけた時、ふとその笑みが薄れた。
ディアスが顔をうつむけている。
ひざをかかえたまま、そのひざに顔をうずめる様にしてうつむいている。
「………泣いているのか?」
「いや? …ただ、思い出すだけで士気が下がってしまいそうなのでな…忘れようとしているんだよ。」
「え…?」
エルネストが問うと、ディアスはふと顔を上げ、なんとも言えぬ寂しげな眼差しで空を見上げた。
「あまりにも綺麗な死体だったんだよ………。
 死顔が安らか過ぎて、あのままガラスにでも閉じ込めてしまいたくなるくらい…ヤツに見惚れた。
 今まで幾人と人を斬り殺して来たが、あんなにも安らかな顔で死んでいったヤツは……初めて見たよ。」
ディアスはふぅと溜息をついてそのまま仰向けにどてんと寝転がった。
「ヒトは………死に際に“絶望”や“苦しみ”といった表情を色濃く顔に出す。
 だがアイツだけは………まるで最初から死というものを受け入れていたかの様に…………
 そして、まるで“死”が当たり前であるかの様に………安らかな顔をしていた。」
「お前には、それがショックだったんだな?」
エルネストが言うと、ディアスはきろっと紅い目をエルネストに向けた。
「俺の家族でさえ、日常生活では一度も見た事のなかった顔で死んでいったんだぞ?
 俺はそれが当たり前だと思っていたんだ。」
「……そいつ…お前に殺されるのが本望だったのかもしれないぞ。」
エルネストがとんでもない事を言って来た。
「なんだと?」
「“死”を受け入れていたんじゃない。
 “お前に殺される”のを受け入れていたんだ。
 だから、お前が驚くくらい安らかだったんだよ。
 これは………あくまでも俺の推測でしか有り得ないが、彼は…お前を切り捨てるよう命令を受けてはいたが、
 お前と接する内に…次第にお前を切り捨てられなくなったんじゃないかな。
 だから、いつバレてお前に斬られても良い覚悟を受け入れていた。」
「…………全く。 他人の思い出話からすらも浪漫を語れるとはな。
 大したロマンチストだよ、あんたは。」
ディアスはそう言ってそのままごろりと横向きに寝返った。
「ディアス?」
「思い出話なんかしてたら眠くなって来た………。
 …あいつらが飽きて帰る頃にでも起こしてくれ。」
「あ、ディアス。」
眠ろうとしたディアスの肩に触れ、エルネストが彼を眠らせまいとした。
「なんだ。」
ディアスが不機嫌そうな顔をすると、
「もし、お前が俺を殺すと言うのなら……………俺は、喜んでお前に胸を差し出せるぞ。」
「いきなり何だ。」
ディアスが問いかけると、エルネストはにっと笑いかけ、
「それだけ、俺はお前を愛してるという事だ。」
「そういう事を、こういう思い出話の後にするもんじゃない。」
更に不機嫌そうな事を言って、ディアスは完全にエルネストに背を向けて、寝息を立て始めた。
だがその不機嫌そうな声すらも、エルネストにかかれば「照れちゃって。」の一言で片付いてしまうのだから、エルネストは色々な意味ですごいと言える。
だが、そんな話を聞いた後に透き通った海を見て、エルネストは少し気分が沈んだ気がした。
(なるほどな………どんな死体だったのかは知らんが…あいつの気持ちになってみると…)
エルネストはじっと透き通った海を見つめ、血に汚れ、静かに眠るディアスが沈んだ姿を思い浮かべてしまった。
胸に、鋭いダガーでも突き立てられたかの様な痛みを感じた。
エルネストの故郷、テトラ・ジュネスは自然破壊が進み過ぎて、エクスペルの様な自然地帯など、どこにも見当たらなかった。
そんな彼は、様々な惑星に残る、人間の介入が一切ない、自然の美しい姿を見るのも好きだった。
だがその美しさも、いや美しいがゆえに感じる痛みだから、エルネストはくっと歯噛みした。
(これだけ美しい海も、罪深いものだと思えてしまう……)


ていうかまずタイトルいからして問題あるよね!
冷たい蒼「死ね…」だもん!(汗) 穏やかじゃねぇよ(笑)

テトラ・ジュネスの「進み過ぎた自然破壊」については、SO3の辞書にのってたデータを元に述べています。
先進惑星ってのは知ってましたが、先進し過ぎたがゆえに自然破壊が及び過ぎたという可能性については考えてもいませんでした。(おいおい)
しかしSO3の辞書に載ってたテトラ・ジュネスのデータを見て、「あぁそうなんだ。じゃぁエルは…」とか思ってしまい、後半のシメをあんな風にしてみました。
ちなみに、その辞書見て笑ったのは、SO3(SO2の約400年後)のテトラ・ジュネスのお偉いさんって、ベクトラ家なんだって事…
オペラさん、あんた一体どこの貴族なんだよ。(汗) 政治家の娘か……?