絆の深さ

−−▼アバシティ▼−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
僕とディアス兄ちゃんとプリシスは、アバの理不尽な投獄刑からようやく脱出することができた。
「んやーっ、お外の光がこんなに気持ちよかったなんて、ちぃぃーっとも気づかなかったよ!」
本人は大して動いてもいないクセに、プリシスは大きく伸びをした。
「大げさなやつ……」
「いいじゃないか、あんな狭い遺跡の中にいたんだ。 俺だって嬉しいよ。」
ちっとも嬉しそうな顔をしていないけど、お兄ちゃんはそう言った。
「ねね、ごはん食べにいこうよ!
 久しぶりに、あったかーいの食べたいな〜!」
「わーかったってば!! わかったから引っ張るなよもぉー!」
まるで小さな子供みたいに、プリシスは僕の周りを走り回って、ぐいぐいとそでを引っ張ってきた。
まったく、いつまで経っても子供っぽいんだから……。
「じゃあ、そこの宿にでも寄るとしようか。」
お兄ちゃんがちょうど宿を指差したとき、その宿から見覚えのある男の人が、ため息混じりに背中を丸めて出てくるところだった。
この惑星の人間にはまずない、額にある目を見て、僕は思わず声をあげた。

    「エルネスト!!」
     「おじちゃん!」
一瞬だけ、僕より早く聞こえたお兄ちゃんの声が、僕の声とかぶった。
僕たちの呼び声に、男の人はこっちを見てくれた。
間違いない! エルのおじちゃんだ!!
「………ディアスか!!?」
……おじちゃんの第一声はそれだった。
「良かった…救難信号は届いていたんだな!」
おじちゃんは嬉しそうな声をあげてこっちに走ってきて、お兄ちゃんをじっと見たあと、僕とプリシスを見た。
「けっこう状態は悪かったけどねっ。
 まぁ、情報がなさ過ぎたから、あたし達も不時着しちゃったんだけどッ。」
「手間をかけるな……しかし、まさか君まで来てくれるとは思わなんだ。」
おじちゃんがお兄ちゃんに手を差し出す…と、お兄ちゃんはその手をパシッと良い音をたてて、力強く掴んだ。
「お前の危機だぞ。俺が向かわなくてどうする。」
そう言ったお兄ちゃんの目は、さっきまでの無表情なものじゃなくて、とても嬉しそうな、いい目をしていた。
そんなお兄ちゃんの目を見るおじちゃんの目も、とても嬉しそうで、今にも笑い出してしまいそうだった。
僕は……すごく腹が立った……。

−−▼数日前・スクートヴィレッジ▼−−−−−−−−−−−−−−−
すぐ近くに船があることから、スレーブヴィレッジなら徒歩でも十分買い物に来られる。
「よぉーレオン!」
薬草をむしってたはずのボーマンが声をかけてきた。 あとで僕から迎えに行くはずだったのに。
「あれ、薬草とってるんじゃなかったの?」
「いやいやいや、思いのほか大漁だったんでね。今日はこんくらいにしとこーと思ってな。
 逆に俺がお前を迎えに行ってやろうって思っただけさ。
 それにけっこう買い込むんだろ。 荷物くらい持ってやろうと思ってさ。」
「いらないよ。 一人で十分だ。 いつまでも子供扱いしないでよね!」
僕はその申し出をキッパリと断った。 でも、ボーマンは肩をゆすって笑う。
「別に子ども扱いしてやいねぇさ。
 単に貧弱ボウヤとしか……いってぇ!!!
あんまりにも失礼なことを言うので、足を力いっぱい踏んづけてやった。
……でも、腕力がないことは事実だ。
「…持ちたいなら勝手に持てばいいよ。半分くらいなら持たせてやってもいい。」
「何年たってもそういう素直じゃねぇとこは変わってないねぇ。」
こいつも、プリシスとおんなじで、いつまでたっても子供っぽいところがある…。
半分とは言ったけど、ボーマンは肉や野菜、あとは米など、重いものだけをひょいっと軽々担ぎ上げて、歩き出した。
僕は、残された卵と魚類を両手に抱えて歩き出した。
「そういやぁ、エクスペルにいた時ゃ、だんなと買出しによく行ってたな。」
会話まで軽くできるボーマンと比べて、僕は足取りさえちょっと遅くなっている。
「エルのおじちゃんも…どこいるんだか。」
エルのおじちゃんは、エクスペルにいた頃、僕にとっては初めて“親友”と呼べる人でもあった。
小さいころから、ラクールの研究所を出入りしていて、両親の開発パートナーとして働いていたから、普通の子供みたいに遊んだり甘えたりするヒマさえなかった。
話せる話題だって、学術的なことならまだしも、遊びに関する話題とか、流行りの話題なんかほとんど皆無に等しかった。
そんな僕が、唯一何の遠慮もなく喋れたのが、エルのおじちゃんだった。
エクスペルよりもうんと文明が発達したテトラ=ジェネス出身のおじちゃんは、そんな世界の教授であり考古学者。
色んな研究の相談にも乗ってくれたし、おじちゃんも論文を見せてくれたり、僕の意見を聞いてくれたりもした。
そういった意味では、目線のあう親友だった。
僕にとって、エルのおじちゃんはとっても大事な人だったんだ。
「まーったくだぜ。 少しはディアスの気持ちを考えろってんだ。」
「え?」
エルのおじちゃんの話題に、どうしてお兄ちゃんが出てくるのか、その時の僕にはまるでわからなかった。
幸運だったのは、その時ボーマンのテンションが、まるでおしゃべり好きなおばちゃんみたいに高かったことだ。
「ナイショだけどな。 じつはだんなとディアスってぇ……レオンにゃまだわからないかなー?
 なんていうかな、すっごい仲がいいんだよ。
 もう、見てるこっちが幸せな気持ちになっちまうくらいラッブラブなのよ!」
「ラブラ…ブ……?」
これだけ言われても、僕にはわからなかった。 というよりも、ショックだったんだと思う。
ショックで、一瞬頭の中の回路がぷつっとキレてたんだと思う。
「おうよ! あの二人の間にゃ、女なんざ入る隙間もないね!
 二人ともいい男だから、まぁもったいないっちゃもったいないが、あの二人だからこそ文句言えないんだな〜!」
「ボーマン…」
その時の僕は、声がうわずっちゃって…荷物を持つ力も抜けかけていた。
そのせいで、卵をいくつか落として割ってしまった。
「あ、ああー!! お前ッ、何やっ……あ〜あ…何やってんだよ〜…」
「ディアス兄ちゃんと…エルのおじちゃんは……
 えっ? なんで、ラブラブって…? もったいないって…何それ……」
割れてドロドロになった卵を触って、べっとりした手を振りながら、ボーマンは僕の顔を見てため息をついた。
「……動転してんのか。 相変わらず土壇場が苦手なんだなお前!」
「ちゃかすなよ……知ってることがあるなら教えろよな!!」
ちっちゃく「プィ」とため息らしいものを吐いて、ボーマンは僕に背を向けてスタスタ歩き出してしまった。
「えッ、待てよ!! 教えろよ!!!」
「こんな街中じゃ言えない事情ってもんがあんだよ。
 道すがら話してやるから、村を出るまで黙ってろ。」
さっきまでのからかうような口調なんか一切なしに、ボーマンはスタスタ急ぎ足で村の出口へと急いでいった。

村の門をくぐって、数歩歩いたくらいのところで、ボーマンがようやく話してくれた。
「だんなとディアスは、お前の想像できる範囲よりも、もっともっと深い絆で結ばれてる。
 それは、単なる親友や仲間なんかよりも、ずっと強い絆だ。
 どんな障害を前にしようとも、どんな妨害があろうとも、決して断てない絆だ。」
「なんだよそれ……ッ。」
僕にはあまりに重い話で、僕は声が震えてうわずった。
「深い絆って何…? どんな話をしたっていうのさ。
 エルのおじちゃんをワクワクさせるような論文でも読み上げたっていうの?」
「論文を読み上げたくらいじゃそんな仲にゃなれないって。
 レオンにはまだ早いかなーっ。
 あの二人は、恋仲も同然なんよ☆」
うぇっへっへと下卑た笑い声をあげて、ボーマンは肩をゆする。
決定打だった。 男同士で恋仲だなんて有り得ない。そう考えて反論したかったけど、ボーマンのどうにも覆そうにない笑い顔を見ていたら、なんだか絶対的な信憑性を感じた……。
頭の中では、ガラガラと何かが崩れ、崩壊してゆく音がずーっと鳴りっぱなしだった。
「……そんなの、やだ。」
やっと声が出た。
口をついた僕の言葉に、ボーマンが「エッ」と声をあげて振り向いてきた。
「そんなのやだ、認めない!! なんでお兄ちゃんとおじちゃんがそんなことになってるの!!?
 学もなければ、面白い話ができるわけでもない、そんなお兄ちゃんに何があるのさ!」
「何って……う〜ん…」
「お兄ちゃんなんかより、僕のほうがずっと…ずっとおじちゃんと絆があると思ってたのに…
 そんな、恋人みたいな言い方されたら……!!」
別に、恋人になってほしかったとは言わない。 でも、なんだかおじちゃんを僕の目の前から奪われてしまいそうで、それがすごく嫌だった。
おじちゃんは僕にとって、唯一“親友”だと感じられる人なんだ。 おじちゃん以上の“親友”となんか、もうめぐり逢えやしないんじゃないかって思えるくらいだ。
するとボーマンは、また僕を子ども扱いして、頭をポンポン叩いてきた。
「レオン。 人間いろんな人と絆を深めるもんだぜ。
 お前一人と絆深めてたり、ディアス一人と絆深めてるわけじゃねぇ。
 俺とも絆深めてるし、オペラやクロードや、みんなと絆深めてる。 そうヤイヤイ言うほどのことじゃないさ。
 レオンも俺もみんなも好きな中で、ディアスが一番。 そういうことさ☆」
ボーマンは軽くそう言ってみせたけど、僕にはそれが一番の苦痛なんだよ。
誰だって、一番になりたがるものでしょ?
その時僕は黙って、食材を持って帰ったけど…… その時から、お兄ちゃんを問いただす気持ちはきまっていたのかもしれない。

−−▼投獄直後・レヴィアボア遺跡▼−−−−−−−−−−−−−−
「どうした、寝れないのか?」
レヴィアボア遺跡に投獄された時、こんなところで足止めをくわされたイライラで、何度も寝返りを打っていると、お兄ちゃんが心配して声をかけてくれた。
「…ちょっとね。」
「投獄されるなんて初めてだろう。
 軽い外泊とでも思えばすぐ慣れるさ。」
お兄ちゃんはフフフッと笑いながらそう言って、僕のベッドまで歩いてきて、そっと腰掛けてきた。
「もっとも、こんなところでは日の光もないからな…
 時間の感覚がわからなくなるかもしれない……。」
「あのさ。」
僕は、こうやってお兄ちゃんと二人だけで喋れる日を、ずっと待っていたのかもしれない。
だって、この時ほどドキドキして、顔が熱くなったことはなかったから。
「…おにいちゃんとさ、あんまり…プライベートなこととか、喋ったこと…は、ないよね。」
お兄ちゃんが、細い目で視線を投げかけてくる。
「エルのおじちゃんとは、仲良しなの?」
僕が問いかけると、お兄ちゃんは「フン」とちょっと笑って、天井を仰ぎ見た。
「………仲良し…。 そうだな。仲がいいといえば、まぁいい方だ。」
「はぐらかさないで。 本当のこと言って。」
子供だと思って…お兄ちゃんは明らかに曖昧に答えていた。 でもそんな生ぬるい言葉を聞きたいんじゃないから。
「ボーマンに聞いたよ。 お兄ちゃんとおじちゃんはとても深い絆で結ばれてるって。
 女も入る隙間ないって。 ラブラブなんだって。」
これだけ言えば、僕が何を知りたいのか伝わったはず。 …そう思っていたけど、お兄ちゃんはやっぱり鼻で笑って、僕に視線を送った。
「お前は、どう思ってるんだ。」
「質問を質問で返さないでよ!!」
思わずお兄ちゃんの胸倉を掴んだ。
「はっきり答えて。 お兄ちゃんとおじちゃんが仲良くなれたのはどうして?
 どんな研究を見せたの? どんな論文を聞かせたの?
 なんで…僕じゃなくてお兄ちゃんが寂しがってる、なんてボーマンが言うの!!」
一番許せなかったのはそこなのかもしれない。
エルのおじちゃんに危険が迫っていて、一番心配するのは僕。 そう言ってもらえなかったことが、一番悔しくて、一番許せなかったのかもしれない。
泣き出してしまいそうな僕の手を掴んで、お兄ちゃんは乱暴にベッドへ放り投げた。
そうして、ものすごく殺気に染まった瞳で、僕を睨みつけてきた。
「……そこまで勘繰られて、話す気になるとでも思ったか?
 逆に警戒してしまうよ。 何が目的で勘繰ってるんだ。」
確信した。 おじちゃんとお兄ちゃんは、他人に勘繰られたくないような仲になってる。
きっと知られたり口外されたら困るような、不純な仲になってる。
「…僕も、おじちゃんのこと、大好きだから。
 お兄ちゃんに負けないくらい、大好きだから。」
「そうか。」
戦闘で、お兄ちゃんが睨めば敵は一瞬くらいはひるむ。
そんなお兄ちゃんほどじゃないけど、僕は精一杯お兄ちゃんを睨みつけたんだ。
負けないよ、これは宣戦布告だよって。



ここまではレオンの葛藤・回想です。
ここからがレオンの戦い(笑)であり、エルディのいちゃいちゃ開始です。(笑)