パラディエンヌ 〜侵食する傷〜

アルノーは、かつてないピンチに陥っていた。
それに初めて気づいたのは、ユウリィだった。

ディテクターを手に入れ、めぼしいアイテムがないか、あるいはヒミツの通路なんかはないもんかと砂食みに沈む集落にやってきたジュード達一行。
夜になったので、探索を中断してエンカウントブレイクして、野宿することとなった。
細かい砂が水のようであるため、風化している民家の屋根の上で眠ることになった。
満月が灯りもいらないくらい十分な輝きを照らしている。 かといって眠りを妨げるほどまぶしいワケではない。
鳥さえも寄ってくる気配がなく、静かでまさに寝心地のいい夜であった。
………ふと、ユウリィは目が覚めた。
自分の隣ではジュードがお腹を出して眠っている。
シャツをおろして、お腹を隠してやると、視界には、壁に寄りかかって座るように眠るラクウェルが入ってきた。
いつ敵襲が来てもいいように、そのような寝方をしているのだろうか。
この時ユウリィは、ラクウェルとジュードの中間くらいで、真っ先に伸びをして眠りについたはずのアルノーがいないことに気づいた。
寝相が悪いのはジュードくらいのもので、アルノーはそんなコロコロと寝返りをうつようなやつではなかった。
どこに行ったのだろうか。
気になって、ユウリィは眠っている二人を起こさないよう静かに立ち上がって、アルノーを探し始めた。
砂に足を下ろすと、音もなく足が少しばかり吸い込まれた。
ジュードのようにぴょんぴょん飛び跳ねるほどの脚力はないため、トコトコと静かな足取りで歩いてゆく。
暗くて静かなこの集落は、白い孤児院を思い出しそうでちょっと怖い。
早いとこアルノーを見つけなければと思っているところで

ふと、無音の空間に、くぐもった人の呻き声が飛び込んできた。
静か過ぎた集落に、その声はとても大きな音に聞こえて、ユウリィはびっくりして身を竦めた。
(…アルノーさん……?)
声のした方に足を忍ばせて行くと、建物の影から、パラッという音とともに、黒く細長い布のようなものが落ちたのが見えた。
音をたてないようにしながら、すばやく歩み寄ると、建物の影から手が伸びて、布を拾い上げる。
物陰に隠れながらそれを注意深く見ると、それは血に染まった包帯で、それを拾い上げたのはアルノーだった。
「……くそ…ッ、止まらないか…」
物陰の横からそっとアルノーの姿を確認すると、彼はジャケットとシャツを脱いでおり、片手で腹を押さえながら、もう片方の手で包帯とファイアのジェムを握り締める。
手の中でジェムを弾けさせ、包帯を一瞬のうちに消し炭と化す。 と同時に、顔をしかめて、手を腹にやる。
「んんッ…! い、ててて…!」
両手で腹を押さえ、額を地面に押し付けるようにうずくまる。
ためいきのように長く息を吐きだし、アルノーはジャケットのポケットから白い包帯を取り出し、建物に寄りかかるようにして座りながらシャツをまくり上げ、あご先でそれを押さえながら、腹に巻き付け出した。
その時見えたモノに、ユウリィは思わず「えッ!?」とかすかな声をあげてしまった。
それに気づいたアルノーは、表情をこわばらせ、「誰だ。」と低く警戒するような声をあげる。
「…私です。」
別に逃げる必要も隠れ続ける必要もない。むしろ出ていかなければならないと思ったので、ユウリィはアルノーの前に立ってみせた。
すると彼はすぐさまシャツで腹を隠して、いつもの…昼間浮かべていたやや明るい顔を見せる。
「なんだ…ユウリィか、脅かすなよ。 眠れないのか?」
すっとぼけてみせるアルノーの言葉なぞ聞かずして、ユウリィはすぐさま駆け寄って、腹を隠しているアルノーの手をどかす。
シャツをまくりあげ、そこに隠されているモノを直視して、ユウリィはつらそうな表情を浮かべる。
「………どうして言ってくれなかったんですか?」
半ば咎めるような口調で、アルノーに問いただした。
アルノーの腹には、1本だけではあるが切り傷があり、そこからはじわじわと血が溢れていたのだ。
「…いつから見ていたのか知らないけど、
 これは…みんなに言うことじゃないって思ったんだよ。」
「どうしてですか、言ってくれれば、治せたのに…」
今からでも遅くはない、とユウリィは手をかざしてヒールを唱える。
「いや…治せないんだよ。」
癒しの輝きがフ、と消えたとき、アルノーが言った。
傷を見れば、アルノーの言うとおり…傷は癒えるどころか、何も施していないかのごとく、変わらずに血を流していた。
「…え?」
「今日のうちに何度バトルしてると思ってるんだ。
 バトルの最中、お前だってマテリアルドライブでコード:Oを使ってみんなを癒してたじゃないか。」
「でも、それじゃあ……どうして?」
ユウリィはどうしていいのかわからなかった。
アルノーは、腹に包帯を巻きながら話す。
「3日ほど前かな。 イルズベイルにいたARM暴走体にひっかかれてな。
 何のウィルスが入ったんだかわからないが、この通り………
 ベリーを使っても、癒しの術を使っても、全くふさがらない。 血液も固まる様子がほとんどない。
 固まるのは、包帯に染み込んでから。」
きっちりきつく巻いて、シャツを着てしまえば包帯を巻いていることがわからなくなるようにして、アルノーはまくりあげたシャツをおろした。
「…ARM暴走体が原因だとすれば、ハリムにいる人たちや、
 ギャラボベーロにいるレイモンドさんに聞いてみてはいかがでしょう。」
「まぁ、望みがないワケじゃねぇよな。 …けどよ、イルズベイルの中を覗いてきただろ?
 『神剣』の侵食が進みまくって、地面がボロボロになってた。
 あれがファルガイア中に広まるんだぜ? 早く止めないとよ………。」
言ってアルノーは立ち上がり、何もなかったようないつもの笑顔を見せて、ユウリィに手を差し伸べてきた。
「ほら、さっさと寝ようぜ。 時間は待っちゃくれない。」
「……恐く、ないんですか?」
その手をとらずして、ユウリィはアルノーを見つめる。
その目は、睨みつけるというよりも、じっと見つめる、ただそれだけのようであった。
だが、その目には兄同様、声のない言葉が含まれているようで、アルノーは目を閉じた。
「臆病でも、恐がりでも、そんなの関係なくして、そんな血が出ていたら、誰だって恐いと思うはずです。
 アルノーさんは恐くないんですか………?」
問いかけても、アルノーは目を閉じたまま答えようとはしない。
「それに、そんなケガをしたままで、まともに戦えるのですか?
 いざという時、本当に動けなくなってしまうかもしれないし、それに……
 ジュードやラクウェルさんもきっと、戦いに集中できなくなってしまうと思います。」
「……あぁ、恐いさ。 それに、いざって時…ひょっとしたら皆に迷惑かけるかもしれない。
 けどさ、もしなんとかできなかったら?
 どうにもできなくて、治療法も見つからないってことになったら?
 そのことをあいつらが知ったら、それこそ集中できなくなるんじゃないか?
 特にジュードは、一度心配したら…なかなか平静を保てなくなる。」
「…わかりました、じゃあこのことは、私をアルノーさんの秘密にします。
 その代わり、アルノーさんはちゃんとレイモンドさんやハリムの皆さんに相談してください。」
「それは……脅しか?」
フフッと笑ってアルノーが問う。
「脅しでもなんでも、アルノーさんを助ける手段だと思っています。」
アルノーから目をそらすことなく、そう言い切るユウリィ。
ため息をつきながら、アルノーは肩をすくめる。
「わかったよ。 その代わり、俺からはハリムに向かうとも、ギャラボベーロで遊びたいとも言わないからな。」
「いいですよ。アルノーさんがちゃんと相談するなら。」
折れたアルノーに、ユウリィはニッコリと微笑んで、ようやくアルノーの差し伸べた手を取って、立ち上がった。

「ジュード、リヴァイヴフルーツを多めに用意した方がいいかもしれませんよ。」
翌朝、不自然なくらい唐突に、ユウリィがジュードにそうもちかけてきた。
「そうかな?」
「どんな戦いが待っているともわからない…一理はあるな。」
ラクウェルものってくれた。
「材料もだいぶ集まってますから、ハリムで調合してみてはどうでしょう?」
「じゃあ…そうしよっか?」
多少の違和感をジュードも感じていたようだが、ラクウェルの賛同に、ジュードも従って…一行はハリムを目指すことになった。
「…ずいぶん強引じゃないか?」
飛行機に乗り込む際、アルノーがユウリィに手を貸すように見せかけ、そっと耳打ちした。
「そうでしょうか…十分スジは通ってると思うんですけど…。」
「…ま、ラクウェルが何も言ってこないとこから見ると、少なくともバレバレじゃなさそうだな。」
「そうですね…ラクウェルさんが一番こういうことに気づきそうですから……」
そういいかけた時、ユウリィはハッとして、反射的にアルノーの腕を引っ張った。
足元では、ザシャ…と砂を踏みしめる音がする。
「……サンキュ…」
「貧血で倒れてはまず怪しまれますからね。
 …そんな状態で今まで過ごしていたんですか?」
「いや、貧血になったのは今が初めてだよ……」
「…ハリムまで運転できるんですか?」
「まどろんで来たらジェムでたたき起こしてくれッ。」
笑えない冗談を言って、アルノーは操縦席に座った。