パラディエンヌ−侵食する傷−<後編>

ハリムに着いて、ラクウェルとジュードを工房に缶詰めにしておくため、ユウリィが調合を引き受けることになった。
アルノーには材料の補充…要するに買出しを任せた。
もちろんそれは口実で、本当は研究者であったシエル村の人たちに相談するのが目的だった。
誰に相談すべきか、あまり考えてはいなかったのだが、アルノーの足は自然と墓地へ向かっていた。
単に、他人に聞かれたくないということと、工房から離れたところにあるから、という条件で浮かび上がったという理由でもあるのだが。
それに墓地にはいつもあの人がいた。
「アンリさん。」
墓地にたどり着いてすぐに、アルノーは墓参りをしているアンリ師範に声をかけた。
祈りを捧げていたのか、墓石の前にひざまづいていたアンリは、ゆっくりと立ち上がって顔をこちらに向けた。
「ああ、君はジュードの…あの時の青年だね。 ジュードはどうした?」
「みんななら工房に。 …それよか、まぁ…その、なんていうかな…
 工房に来たのは単なる口実で、本当に用があるのは俺で…。」
どこから話せばいいのか、いきなりわからなくなったアルノーは、口ごもってしまう。
どちらかといえば、終始むっとした表情のままでいるアンリに圧倒されて言葉がつかえてしまった、というのが本当のところなのだが。
ちょっと一間置いて、深呼吸してから…アルノーは声を出した。
「4日ほど前に、イルズベイルで、ARM暴走体に引っかかれたんです。
 その傷が、今でも血が止まらなくて。 パラディエンヌのユウリィでも治せないんです。
 それで、ARMの研究をしていた、シエルの科学者の人たちなら、何かわかるんじゃないかなって。」
「なるほど。 …まず、傷を見せてはもらえないか。」
アンリに言われ、アルノーは黒いシャツを引っ張り上げ、包帯を巻かれた部分をさらした。
夕べの夜中に替えたばかりの包帯には、もうたっぷりと血がしみこんでいて、赤黒くなっていた。
「この包帯はいつからつけているんだね?」
「夕べの真夜中に替えたばかりです。」
「そうか、ハンカチで少し押さえようか。」
アンリがポケットをまさぐっている内に、アルノーは血がくっついてペタつく包帯を、ペリペリという音をたてながら解いていった。
解くというよりも、どちらかといえばはがす、という感覚にも似ているのだが。
包帯を解くと、わき腹にくっきりと出来上がった傷があらわになる。
傷口からは、やはりとめどなく血が流れており、見ていて痛々しいものを感じた。
アンリは表情こそ変えないものの、ポケットから引っ張り出したハンカチで傷を押さえながら、じっと傷口を観察した。
「痛みは?」
「時々痛むくらい…。 まぁ、気にしなければ平気といえば平気なんですがね。」
「………私一人ではなんとも言いがたいが…
 見たところ、なんらかのウィルスが入り込んで、治癒の作用をジャマしているようだな。」
「ウィッチメディシンも使ってみたんですが、なんか違うみたいです。」
「だろうな。 そういった類のものよりタチは悪そうだ。」
言って、アンリはハンカチをアルノーに預け、歩き出した。
「え、どこへ?」
「工房に用があるというのは口実だ。そう言ってたからな。
 おそらく、ジュード達に言いたくない事情でもあるのだろう?
 私の家に来なさい。 みんなを呼んでくる。」
「アンリさんちって、どこですか?」
「色々な袋がぶら下がっている妙な小屋のすぐそばだ。
 わからなければ、その小屋の下のどこかに隠れているといい。」
それだけ言って、アンリは立ち去っていった。
(妙な小屋…アーメンガードの家かな。)
ハンカチを傷にあて、シャツを元に戻してアーメンガードの小屋まで歩いていった。

アーメンガードの小屋は、木の上にある。
その小屋の住人、アーメンガードは風変わりにもほどがあり、毎日365日。一日一種類の怖いんだかよくわからない話を聞かせてくる変わり者だ。
アンリの言うとおり、確かにその小屋のそばには一軒家があり、アンリの剣が立てかけてあった。
(アレかな……アレだよな。)
自分に言い聞かせながら、その家まであと数歩…というところで、傷がうずきだした。
「いでッ…イデデデデデ……!!」
立っていられなくなり、そのままヨロヨロと草むらによろけていき、ひざをついて倒れ込んでしまう。
「んんんん……ッ!!」
呻くことで、無意識のうちに痛みを緩和させようとした。
呼吸も、痛みのせいで途切れ途切れなものになる。
(ヤベッ……なんでこんな急に痛く……!!?)
痛すぎて、完全にうずくまってしまった。
まるで傷口で何かがうごめいているような胎動を感じた。
助けを求める声をあげたくとも、そこまで大きな声など、痛みで出せはしなかった。
ジェムでもはじけさせればとも思ったが、生憎とアイテムは工房に行くジュード達に預けてしまった。
せめて人のいる所まで…と思い、片手で傷口を押さえ、もう片方の手を使って、なんとか這いつくばって前に進んでいると…
「おい、大丈夫か!?」
何人か連れてきたアンリが、草の上で這っているアルノーを見つけてくれた。
痛みに顔をしかめたアルノーの表情を見て、すぐさまアンリはみんなを促し、アルノーを抱えて家の中へと入っていった。

部屋の中で、ベッドに寝かされてから、アンリたちの足音だけがバタバタと聞こえていた。
服を脱がされ、仰向けに寝かされたアルノーは、痛みで体がこわばってしまっていた。
「ちょっと痛むかもしれないけど…傷、見せておくれよ。」
メイベルはそう言って、傷口を指先で押さえながら、アルノーの痛みを軽減させるかのごとく、ゆっくりとハンカチをはがしていった。
「うッ、ぐ、いぎッ……!!」
体外の血液が固まってノリのようにハンカチをくっつかせていた。 そのため、ベリベリという音が聞こえ、アルノーは痛みに歯を食いしばってのけぞる。
「ガマンだよ。 がんばって。 …ハキム、お湯を!」
メイベルに言われ…る前から沸かしておいたのか、ハキムはヤカンと洗面器を持ってくる。
「ARM暴走体にひっかかれたらしいが、その暴走体の特徴はわからないかな?」
「ん、ん、んぐ…む…ムシみた……いででででぇッ!!!」
ハンカチの最後を引き剥がしたところで、アルノーは大声をあげる。
「そんな大きな声あげるんじゃないの。男の子でしょうが全く…
 出血がおさまらないというのは本当のようね。 …ちょっとハキム、タオルは?」
「あぁ、すまないちょっと待ってな…で、ムシ…なんだって?」
痛みのあまりに絶叫をあげたせいか、アルノーは肩で息をする。
「む…虫みたいな感じで、そいつの足に引っかかれたんだ。」
「やっぱりなんらかのウィルスが傷口に付着したとしか考えられないねぇ…
 とはいえ、それを確かめるような設備なんてないから、細かいことは言えないんだけどね。」
「ARM暴走体から分泌されているのなら、
 ナノマシンが、何らかの作用で血液の凝固を妨げているという可能性は?」
「それが一番厄介なパターンだろうねぇ…
 ナノマシンを抑えるようなシロモノ…今すぐ作れるものじゃあない。」
家の中の空気は張り詰めていたが、会話の雰囲気は和やかなものであった。 …が、内容に関しては全く和やかではなかった。
「4日も出血したままでいられたなんて、おそらくはパラディンヌの子の魔術で、代謝が上昇した際、
 足りなくなった血液もある程度補われていたのでしょうね。
 輸血代わりに、彼女を呼んだほうがいいかしら……」
「いや、あまり体に負担をかけるワケにはいかないだろう。」
「そうとも、代謝上昇で血液が補われているのなら、体力もある程度消費しているはずだ。」

「ユウリィは?」
痛みのあまりに、かすみかけてきた意識をなんとか保たせながら、アルノーがメイベルに尋ねた。
「えッ?」
「ユウリィは、ARMを制御するチカラがある。
 もし、ARMのせいで傷がふさがらないのなら、ユウリィのチカラで…働きかけてみたら…?」
アルノーは自分でも、どうして気づけなかったのかと自分を呪った。
そう、彼女のARMを制御する力は、イチ組織がつけ狙うほどのシロモノだ。
傷口の細胞に、ナノマシンが付着しているのであれば、それらに働きかけ、機能を停止することもできるだろう。
過度の期待こそしないが、最悪の結果は免れる、そう思った。
「そうか、なるほどね! ジュードの抗衝動だって制御したんですものね!」
「しかし、今どこにいるのか…」
「工房だ、そこでジュードたちの足止めをしているそうだ。」
「なら私が呼んでくるわ!」
ワイオミングが高い声でそう返事して、アンリ宅を出て行った。
「しかし…アレだな。」
ふ、とハキムがタオルをお湯に浸して固く絞りながらそうもらした。
「ワシらは、やっぱり…ARMからは逃れられないようじゃな。」
「仕方ないじゃないの。 アレについて今一番よく知っているのは私たちくらいのものよ。
 だからこうして、彼は私たちを頼ってきたんじゃないの。」
メイベルが、ちょっとどこか哀しげな笑みでそう返すと、ハキムはため息混じりに…でも顔は優しげな笑みを浮かべて答える。
「そうじゃな……やはり、ワシらの償いはまだまだこれからというとこじゃな…」
「ええ。 アレを開発してきたのは、目的はどうであれ、私たちですもの。
 アクシデントがあれば、最後の最後まで、でき得ることをやらなくてはね………」
この人たちに、本当の意味での平穏は来ないのかもしれない。 ARMが存在する限り。
数十年後、ARMを巡る騒動がまたあるとすれば、次に犠牲となるのは…ジュードやユウリィなのかもしれない。
アルノーはそう考えてしまった。
歴史は繰り返す、とも言うし…何より、これから先、ブリューナクの連中と同じことを考え、暴走する人間がいてもおかしくない。
…だが同時に、ジュードたちを支える人間も、きっと現れるだろうとも思えた。 少なくとも、自分がそうだろうと考えたから…。
(達観して何が良くて何が悪いのかなんて思うことはできねぇ。
 …けど、コレはいけねぇだろってモノぐらいは…なんとかしなきゃいけない気がする。
 色んな大人が、俺たち子供に未来を託してきたように、
 俺たちもまた、その時の子供に託さなきゃいけない気がする。)
「未来への地盤は…大人が築いていかなきゃ、なのかな。」
なんとなしにそうつぶやいて、アルノーはフゥと薄いため息をついた。

ため息をついてすぐに、一瞬意識が飛んだような気がした。
ほんの一瞬眠りについていたらしく、目を開けると、そこにはアンリたちから何か説明を聞いているユウリィの姿が目に入った。
アルノーの視線に気づいたか、ユウリィがこちらに歩いてきて、傷口の近くに手をあてた。
「アルノーさん。もう、大丈夫ですから。」
「やっぱりユウリィがなんとかできるか。」
「はい。 なんとかしてみせます。」
言い終えるのとほぼ同時に、ユウリィの掌に金色の輝きが生まれ、パシッとはじけて空中に蒸発するように霧散していった。
それから、ユウリィはヒールをかけて、傷口をお湯で濡らしてしぼったタオルで血をふき取ってみる。
「アルノーさん…」
「治ってる?」
むっくり起き上がって見ると、ユウリィは「ほら。」と言って、腹の傷を指差した。
彼女が指差したところは、どこにも傷などなく、きれいになっていた。
「やったなユウリィ!」
「はい…よかった…。」
ユウリィも安堵の笑みを浮かべ、にっこり微笑んだ…。

「ありがとうございます。 アルノーさん。」
服を着て、アンリ宅から工房へ向かう道すがら、ユウリィが変なところでお礼を言ってきた。
「何言ってんだ。 礼を言うのはむしろ俺の方じゃないか。」
「いいえ、アルノーさんのおかげで、自信がもてるようになったんです。
 パラディエンヌとしても、私のチカラに対しても。」
チカラに対しても。
そういわれて、なんとなくアルノーは足が止まってしまった。
するとユウリィも立ち止まって、アルノーの前に立って、ハッキリとした口調で言った。
「じつは…『神剣』の制御のイメージが上手く固まっていなかったんです。
 あらゆるエネルギーを取り込んで増殖していくモノなんて、どう制御すればいいのか……
 でも、アルノーさんの傷が治ったのを見て、そのイメージがなんとなく掴めた様な気がするんです。」
「ふふ、俺は『神剣』制御の練習台か?」
アルノーが笑ってウィンクしてみせると、ユウリィはアッと声をあげて、すぐさま頭を下げた。
「ごめんなさい…」
「謝ることでもないって。 実際、お前の中で良い結果になったんだろ?」
「…はい。 ありがとうございます。」
ニッコリ笑ってくれたユウリィを見て、アルノーはさきほど考えた未来について、思いなおした。
(狙われれたり利用されるばかりがユウリィやジュードの未来じゃない。
 きっと…特にユウリィの場合は、俺みたいに、ARMによって苦しむ人を助けてあげられる。)
「ユウリィ。」
「はい。」
返事をしたユウリィの頭に手を置いて、アルノーはフフフ〜ンと笑いながら、
「お前ならいいパラディエンヌになれるぜ。」
そう言った。
その言葉の真意こそ伝わらなかったかもしれないが、ユウリィは笑顔で「はいッ。」と返事をした。
「ちょっとアルノー! 材料どうしたのさぁ!」
工房からジュードが走ってきて、手ぶらなアルノーを見て声をあげる。
「材料? …あ、そっか買出しに行って来るんだっけ、俺が。」
「そういえばそうでしたね…完全に忘れていました。」
「ちょっと、今からでも買いにいってくる!」
「私もいきます!」
ジュードに怒鳴られながらも、ユウリィとアルノーは、何事もなかったかのようにするべく、買出しに走るのであった。

完璧につくっちゃいました。(汗)
ナノウィルスとかARMに関する記述とか、正しくない箇所もあるかとは思います。
それに、何が描きたかったのか、コンセプトも伝わらなかったと思います。(汗)
「別に前後編に分ける必要ないんじゃない?」って気がしないでもありませんが、
ハリムで暮らす異能技術士の皆さんの、ゲームではあまり語られないような部分を
書いてみたかったこともあるので、そこはまぁ、ね。(笑)
あとは、治らない傷ってのもどこかのジャンルで書いてみたかったものですし。
まぁ流れ的には、WA4のファルガイアを生きる人々の未来について、
こうあるべきだ、とか…こうすればいい、とか。 そういうのを書いてみました。
過去の罪は罪として、ただワーワー叫ぶだけではなく…その罪を踏み台にして、
未来の役に立てるようにする、ってのが一番じゃないかなって俺は思ってます。
ただ「昔○○をしたから償え!」と叫ぶのは簡単なこと。
大事なのは、これから先に、どうしていくべきかということだって、思います。